名取春仙

名取春仙：明治・昭和期の多才な芸術家

名取春仙（なとりしゅんせん、1886年～1960年）は、明治から昭和時代にかけて活躍した、日本を代表する版画家、挿絵画家、そして浮世絵師、日本画家です。多彩な才能で時代を彩り、多くの作品を残しました。本名は芳之助。春仙の他に、春川、黛子洞、梶蔦亭、青紫亭といった号も使用していました。

生い立ちと初期の活動

山梨県に生まれた春仙は、裕福な綿問屋を営む父を持つものの、父の事業失敗により幼少期に東京へ移住しました。東京市立城東尋常高等小学校時代には、後に著名な画家となる川端龍子、岡本一平、仲田勝之助らと学び、早くから画才を認められていました。11歳からは綾岡有真に師事し日本画の基礎を学び、14歳で久保田米僊、その後は久保田金僊に師事して研鑽を積みました。

東京美術学校日本画科にも入学しますが、平福百穂に師事する道を選び中退。その後は、日本絵画協会展、日本美術院連合共進会展、无声会展などに出品し、若くして才能を遺憾なく発揮しました。1906年には日本美術院展で入選を果たしています。

ジャーナリズムと挿絵

1907年、春仙は東京朝日新聞連載の小説『平凡』の挿絵制作をきっかけに、同社に入社。夏目漱石の小説『虞美人草』『三四郎』『明暗』『それから』を始め、森田草平、長塚節、島崎藤村、田山花袋、泉鏡花、石川啄木など、当時の著名な作家作品に数多くの挿絵を提供しました。この仕事を通じて、ジャーナリズムの世界で高い評価を得る事となります。

新版画と役者絵

1916年、京橋の画博堂で開催された「劇画展覧会」に出品した肉筆画が、版元渡辺庄三郎の目に留まり、春仙は新版画の制作を開始します。その代表作である「初代中村鴈治郎の紙屋治兵衛」は、写実的な表現でありながらも役者の魅力、芝居の面白さを損なわず、爽快感あふれる仕上がりで高く評価されました。その後も役者絵を中心に版画を制作し、1925年から1929年にかけて刊行された『創作版画 春仙似顔絵集』にまとめられました。この作品集は海外にも高く評価され、ドイツ大使などからも依頼を受けるほどになりました。春仙は100種以上の版画作品を残し、山村耕花とともに新版画における役者大首絵の代表的存在となりました。

晩年と最期

1930年にはアメリカの雑誌『アメリカンマガゲンオブアート』で伊東深水、川瀬巴水らと共に紹介されるなど、国際的な評価も得ていました。晩年には富士山を題材とした風景画も手掛けていましたが、1958年に長女を亡くしたことが大きなショックとなり、1960年、妻と共に服毒自殺という悲劇的な最期を迎えました。74歳でした。

美術館とその後

春仙の画業を顕彰するため、1987年に「惜春会」が結成され、1991年には地元に「櫛形町立春仙美術館」が開館。その後、町の合併を経て「南アルプス市立美術館」となり、現在に至っています。春仙の作品は、千葉市美術館、アーサー・M・サックラー・ギャラリー、東京国立近代美術館などにも収蔵されています。

名取春仙は、その短い生涯において、日本画、挿絵、版画と、幅広い分野で卓越した才能を発揮した、稀有な芸術家でした。彼の作品は、今もなお人々を魅了し続けています。

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