名士小伝

ジョン・オーブリーと名士たちの素顔『名士小伝』

17世紀末イングランド、ジョン・オーブリー(1626-1697)が著した『名士小伝』(Brief Lives)は、数多くの著名人の短い伝記を集めた貴重な一冊です。当初は、オックスフォード大学の学者アンソニー・ウッドの伝記集編纂を手伝うために資料収集から始まりましたが、やがてオーブリー自身の独立した大規模なプロジェクトへと発展していきました。

オーブリーは徹底した取材を重視しました。可能な限り、対象人物を知る人物に直接会い、話を聞き取りました。社交的な彼の人脈は、この作業に大きく貢献しました。しかし、彼が亡くなった時、残された原稿は未完成で混乱状態でした。後世の編集者たちが、ボドリアン図書館などに保管されていた手書き原稿を整理し、現在の形にまとめあげました。

『名士小伝』の魅力は、そのゴシップ性と人物像のリアルな描写にあります。公式な記録にはない、人間味あふれるエピソードの数々が、オーブリーの独特な視点と率直な筆致によって生き生きと描かれています。悪意のない、ありのままの人物像がそこにはあります。

取り上げられている人物は、フランシス・ベーコン、ロバート・ボイル、トーマス・ブラウン、ジョン・ディー、サー・ウォルター・ローリー、エドモンド・ハレー、ベン・ジョンソン、トマス・ホッブズ、そしてウィリアム・シェイクスピアなど、そうそうたる顔ぶれです。現在でも、様々な編集版が出版され、読み継がれています。

日本語訳と派生作品

日本語では、橋口稔・小池銈による抄訳版が『名士小伝』というタイトルで出版されたのが最初です。それ以前は、『伝記』や『伝記覚書』といった名称で言及されていました。

オーブリーの著作は、後世のクリエイターにも大きな影響を与えています。パトリック・ガーランドは、この『名士小伝』を基にした戯曲『Brief Lives』を創作し、1967年にロンドンで初演。その後、ニューヨークでも上演され、世界中で1782回もの公演を記録する成功を収めました。

近年では、2008年にBBC Radio 4で、オーブリーとウッドの交流にも焦点を当てたラジオドラマシリーズ『Aubrey's Brief Lives』が放送されました。脚本家のニック・ウォーバートンは、オーブリーの伝記的スケッチを巧みに織り込みながら、二人の複雑な関係を描き出しました。

歴史と文学を繋ぐ貴重な記録

『名士小伝』は、単なる人物伝を超えた存在です。17世紀イングランドの社会状況や文化、そして人々の生き様を垣間見ることができる貴重な資料であり、歴史研究や文学研究においても重要な役割を果たしています。オーブリーの注意深い取材と、彼の人間性あふれる筆致が織りなす魅力的な物語は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれます。様々な版や派生作品を通して、これからも多くの人々に読み継がれていくことでしょう。

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