唄ひ手冥利〜其ノ壱〜

椎名林檎 カバーアルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』

2002年5月27日にリリースされた椎名林檎の2枚組カバーアルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』は、彼女にとって初のカバー作品であり、音楽活動再開を飾るアルバムとなりました。前作『勝訴ストリップ』から約2年2ヶ月ぶりとなる本作は、椎名自身が幼少期から親しんできた楽曲をセレクトし、敬愛するアーティストたちへのオマージュを込めた作品です。

アルバム制作の背景

活動休止期間を経て、椎名林檎が音楽活動を再開するにあたり、当初はベストアルバムのリリースが予定されていました。しかし、椎名本人の意向により、カバーアルバムという形でのリリースが決定。これは、肩慣らしとして音楽活動のリズムを取り戻すためであり、復帰第一作目で何ができるのかを試すという目的がありました。本作では、椎名は「唄ひ手」に徹し、編曲はアレンジャーの亀田誠治と森俊之に一任。信頼できる二人に委ねることで、育児との両立を図りました。

2枚組の構成とアレンジ

アルバムは2枚組で構成され、それぞれ「亀パクトディスク」「森パクトディスク」と名付けられました。

亀パクトディスク

亀田誠治がアレンジを担当。ギターサウンドを軸に、椎名林檎の過去の作品を彷彿とさせるようなバンドサウンドが展開されています。収録曲は昭和歌謡と洋楽のカバーで、草野マサムネ（スピッツ）、松崎ナオがゲストボーカルとして参加しています。椎名からは「『今までの椎名林檎』像のようなものをギター・サウンドで演出して欲しい」という要望があり、バンド演奏による一発録りを中心としたアレンジになっています。

森パクトディスク

森俊之がアレンジを担当。キーボードやプログラミングを駆使したサウンドが特徴で、これまでの椎名林檎の作品とは異なる、新しい音楽性が打ち出されています。当初は日本語の曲も選曲されていましたが、最終的には洋楽のみで構成されました。宇多田ヒカル、椎名純平がゲストボーカルとして参加。椎名からは「ギターを一切使わず、その代わりにキーボード、もしくはコンピューター・プログラムを駆使してサウンドを作って欲しい」そして「出来れば『これからの椎名林檎』のようなことを少しだけ意識して作って欲しい」という要望があり、バンド編成ではあるものの多重録音やプログラミングなどが多用されています。

アートワークとコンセプト

アルバムのアートワークは、椎名自身が手がけました。これは、ファンへの感謝の意を示すためであり、彼女は写真撮影からデザインまで、ほぼ全ての工程を自ら行いました。「シンメトリー」と「白と黒」をテーマにしたデザインは、収録曲の選曲や曲順にも反映され、細部までこだわりが感じられます。

収録曲について

収録曲は、椎名林檎の音楽ルーツを辿るような幅広いジャンルから選ばれています。

亀パクトディスク

「灰色の瞳」：加藤登紀子と長谷川きよしのデュエット曲を、草野マサムネをゲストボーカルに迎えカバー。ノスタルジックな要素を排除し、エッジの効いたアレンジが施されています。
「more」：映画「世界残酷物語」の主題歌を、原曲のハリウッドサウンドから一転、ハウス的なアレンジでカバーしています。
「小さな木の実」：童謡をバンドサウンドでカバー。原曲に忠実ながらも、亀田誠治の個性的なアレンジが光ります。
「i wanna be loved by you」：マリリン・モンローの楽曲を、ライブでの感触を活かしバンドサウンドでカバー。
「白い小鳩」：朱里エイコの代表曲を、ハードロック風のアレンジでカバー。
「love is blind」：ジャニス・イアンの楽曲を、ストリングスアレンジでカバー。
「木綿のハンカチーフ」：太田裕美の代表曲を、松崎ナオとのデュエットでカバー。80年代ポップスの解釈が加えられています。
「yer blues」：ビートルズの楽曲を、椎名林檎の希望でギターリフを残し、前半はオリジナルに忠実、後半はアンビエント風にアレンジ。
「野薔薇」：シューベルトの歌曲を、椎名林檎が一人で編曲・演奏。手作業でコードを変化させながら録音された、実験的なトラックです。

森パクトディスク

「君を愛す」：グリーグの歌曲を、エレクトロニカアレンジでカバー。椎名林檎の強いビジョンに基づき、ノイズサウンドが強調されています。
「jazz a go go」：フランス・ギャルの楽曲を、プラスティック・ジャズ（偽物のジャズ）をテーマにカバー。打ち込みと生ドラムを融合させたアレンジ。
「枯葉」：シャンソンの名曲を、森俊之の鍵盤楽器演奏をフィーチャーしたアレンジでカバー。
「i won't last a day without you」：カーペンターズの楽曲を、宇多田ヒカルとのデュエットでカバー。日常的な歌を意識し、メルヘンで北欧的なアレンジが施されています。
「黒いオルフェ」：ボサノヴァの楽曲を、打ち込みファンクアレンジでカバー。
「mr. wonderful」：ミュージカルナンバーを、ボサノヴァアレンジでカバー。安っぽい雰囲気に電子音/ノイズを合わせたアレンジ。
「玉葱のハッピーソング」：マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルのデュエット曲を、椎名純平とのデュエットでカバー。ファンキーでソウルフルなアレンジ。
「starting over」：ジョン・レノンの楽曲を、ギターレスでキーボード中心のアレンジでカバー。
「子守唄」：ショパンの楽曲を引用し、椎名林檎がオリジナル歌詞とメロディを加えた、ほぼオリジナル曲に近い作品。チェロに斎藤孝太郎が参加。

まとめ

『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』は、椎名林檎の音楽ルーツと新たな音楽性を感じさせる、バラエティに富んだカバーアルバムです。豪華アレンジャー陣による多彩なアレンジと、彼女自身の個性が融合した本作は、ファンならずとも必聴の一枚です。初回限定盤には、抽選プレゼント応募券が封入されていました。

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