囲碁の形勢判断

囲碁の形勢判断とは、対局中に盤面全体の状況を把握し、どちらの対局者が優勢であるかを判断することです。これは囲碁において最も複雑で難しい要素の一つとされており、対局者は常にこの形勢判断を行いながら、次の着手を決めていきます。

形勢判断の要素

形勢判断は、以下の要素を総合的に評価して行われます。

石の働き

石の働きは、その石がどれだけ効率的に働いているかを評価するものです。

- 好形と愚形: 石の配置には、効率的に働いている「好形」と、逆に働きが悪い「愚形」があります。例えば、隅に石を密集させるのは愚形であり、隅を確保しつつ辺にも展開する配置が好形とされます。

第1図

第1図では、黒は隅に石を集めた「ダンゴ」と呼ばれる愚形を作っています。一方、白は隅を確保しつつ辺にも展開し、働きのある好形を作っています。このため、白が圧倒的に優勢です。

第2図

第2図は、黒も白も同じように隅から辺に展開したため、形勢は互角です。

第3図と第4図

第3図と第4図は、黒が右上隅を地にするためにノゾキを打ったのに対し、白もノゾキを打ち返して黒の地を減らそうとしています。白が黒のノゾキの2子を攻めることができるため、白が優勢です。この例では、ノゾキの打ち方一つで形勢が大きく変わることがわかります。

石の強弱

石の強弱は、その石がどれだけ相手に攻められにくいかを評価するものです。

- 利きと攻め: 利きとは、相手がその石に近づくことで、自分の石が補強を必要とする状況を指します。利きの多い石は弱く、相手に攻められやすいです。逆に、利きの少ない石は強く、相手からの攻撃を受けにくいです。この利きを利用して得を図ることを「攻め」といいます。

第7図

第7図では、△の石は、黒も白も封鎖されると死んでしまうため、弱い石です。相手から封鎖を狙われると、脱出しなければなりません。

第8図

第8図では、黒1が「攻めはケイマ」と呼ばれる手で、白が隅の黒地を固めざるを得なくなり、白が不利な状況になります。

- 軽い石: 弱い石の中でも、特に取られても構わない石を「軽い」といいます。軽い石は、利きの確実性が小さく、相手に利用されても大きな損にはなりません。

第9図

第9図の白1は、シチョウアタリになっても構わないという軽い利かしです。このため、黒は序盤から中盤にかけて白1の近くに着手しても、特に逃げる必要はありません。

- 厚み: 厚みは、外勢とも呼ばれ、相手の石を攻めやすい状況を指します。自分の厚みの近くに相手の石が来ると、その石は弱い石になり、攻めやすくなります。

地の比較

地の比較は、盤上の地（領土）の大きさを比較し、どちらがどれだけ多く地を確保しているかを評価するものです。

- 模様と確定地: 模様とは、将来的に地になる可能性が高い勢力圏のことです。確定地とは、石で完全に囲まれた領土であり、誰にも荒らされない地のことです。

第10図

第10図は、黒が隅から辺にかけて大きな模様を作っています。この模様は、まだ確定した地ではありませんが、黒が優勢に進めることができます。

第11図

第11図は、黒が模様の中に芯を入れたことで、ほとんど確定した地になっています。

第12図

第12図の左下隅は、黒が完全に囲んだ確定地です。

- 目算: 目算とは、盤上の地を数え、どちらが優勢かを判断することです。ただし、厳密には、終局時の地の大きさを予想して数えるのが正しいです。

第13図

第13図の右上隅は、ダメが空いているため、まだ地ではありません。ダメを詰めることで地になります。

第14図

序盤から中盤の目算では、確定地や地模様の大きさを評価します。第14図では、右上隅と左上隅のシマリの大きさを、ヨセを想定して概算しています。

サガリサガリ法

サガリサガリ法とは、地の境界線から盤端に向かって、黒と白が交互にサガリを打つと仮定して地を評価する方法です。この方法は、序盤から終盤まで、幅広く利用されます。

第15図と第16図

第15図と第16図では、サガリサガリ法を用いて、黒地と白地の大きさを評価しています。

模様と厚みの評価

模様と厚みは、将来の展開を予測する上で重要な要素です。模様は、将来的に地になる可能性のある勢力圏であり、厚みは相手の石を攻めやすい状況です。模様と厚みの評価には、過去の定石や布石の経験則が用いられることが多いです。

第17図

第17図では、黒の模様は、端と端を線で結んだ範囲の地が見込めると概算します。また、黒の厚みは、白の地と同程度の価値があると見なします。

着手の善悪による形勢判断

プロ棋士やアマチュア高段者の場合、序盤から中盤の形勢判断は、自分の着手と相手の着手の善悪で評価することが多いです。互角な打ち方をしていた場合を互角とし、実際に打たれた悪手が地として何目損か評価して、現在の形勢を判断します。

形勢判断に基づく戦略

形勢判断は、その後の戦略を決定する上で重要な役割を果たします。優勢な側は、局面が単純になるように戦いを避け、劣勢な側は、局面が複雑になるように戦いを挑みます。

- 勝負手と形作り: 劣勢な側が形勢の逆転を狙って仕掛ける手を勝負手といいます。また、必敗の形勢であっても、あえて難解な死活や攻め合いに着手し、相手の応手を確かめることを形作りといいます。

その他

囲碁の世界では、形勢判断に関する多くの格言や逸話が語り継がれています。例えば、本因坊道策は手割りの創始者として知られ、趙治勲は「壁攻め狙い」で有名です。また、石田芳夫は目算の速さと正確さから「コンピュータ」と呼ばれ、李昌鎬は正確なヨセから「神算」と呼ばれています。

近年では、ディープラーニングを利用したAlphaGoの登場により、形勢を数値で表示することも可能となりました。

まとめ

囲碁の形勢判断は、石の働き、強弱、地の比較など、様々な要素を総合的に評価する複雑な作業です。しかし、形勢判断を正しく行うことで、より戦略的な囲碁を打つことができます。本記事が、皆様の囲碁力向上の一助となれば幸いです。

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