国際労働会議代表反対運動

国際労働会議代表反対運動とは

1919年（大正8年）、第1回国際労働会議に派遣される日本労働者代表の官選に反対し、日本の労働団体が起こした一連の運動です。この運動は、労働者の代表権を主張し、政府の選出方法を批判するものでした。

経緯

第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約によって国際労働機関（ILO）が設立され、1919年10月にはワシントンで初の国際労働会議が開催されることになりました。日本もILOに加盟したため、政府、使用者、労働者の各代表を選出する必要が生じました。

政府は、政府代表に鎌田永吉と岡實、使用者代表に武藤山治（鐘紡社長）を選出しました。一方、労働者代表の選出については、労働団体側は自分たちに選出権があると考えていました。友愛会会長の鈴木文治などは自らが代表になることを期待していました。

しかし、政府は「労働代表選定全国協議会」を設置し、全国の事業所や官営工場から選ばれた代表と、友愛会などの労働団体代表を加えて労働者代表を選出することにしました。これは国際労働規約に違反するものでしたが、政府は条文を「極秘」として隠蔽しました。労働団体側はこれに反発し、友愛会は協議会を脱退しました。

協議会は9月15日に開催され、本多精一、高野岩三郎、桝本卯平の3名を労働者代表候補に選出しました。友愛会と信友会は全国労働者大会を共催し、政府を批判するとともに、候補者3名に代表辞退を勧告しました。

本多は辞退し、代わりに代表を受諾した高野も周辺の説得で辞退しました。最終的に桝本が「労働者代表」となりましたが、労働団体からの強い反発を受け、横浜港からの出発時にはデモ隊に妨害され、小舟でこっそりと乗船することになりました。また、乗船後も、乗組員のサボタージュにより船が立ち往生する事態となりました。

国際労働会議での動き

ワシントンでの会議では、アメリカ労働総同盟（AFL）のゴンパースが桝本の資格を否認するよう要求しました。日本側は必死の工作で資格否認を免れましたが、国際的な信用を失うことになりました。会議では、使用者代表の武藤山治が日本の労働条件の劣悪さを「特殊事情」として主張し、総会はそれを承認してしまいました。

桝本は「特殊国」扱いなどに反発し、政府と対立する姿勢を示しましたが、これは「労働者代表」としての立場を維持するための行動でした。一方、片山潜ら在米日本人社会主義者団が、労働者側からの国際会議への働きかけに貢献しました。

その後の影響

労働団体は、国際代表選出という当初の目的は達成できませんでしたが、政府の信用を失墜させ、自らの権威を高める結果となりました。その後も、国際労働会議での労働者代表選出を巡って紛糾が続きましたが、1924年の第6回会議以降、政府は労働団体に選出権を委ね、鈴木文治が代表に選出され、労働者代表問題は解決しました。

高野岩三郎の関与

高野岩三郎は、明治期の労働運動指導者である高野房太郎の弟であり、社会政策学会の重鎮でした。労働者代表選出問題では、当初は同僚の教授らの説得で代表を引き受けましたが、その後、労働団体や知人から辞退を強く勧められました。結局、高野は労働団体の支持を得られず辞退し、東京帝大教授も辞任しました。

この事件は、当時の知識人運動に大きな影響を与え、民本主義を掲げる黎明会の分裂や、社会政策学会の衰退を招きました。また、農商務省の官僚であった河合栄治郎は、知識人の統一がとれなかったことに絶望し、辞表を提出しました。さらに、高野の東大復職をめぐる人事問題が、東大経済学部内に派閥を形成し、後の平賀粛学問題の遠因になったとされています。

まとめ

国際労働会議代表反対運動は、日本の労働運動史における重要な転換点であり、労働者の権利意識を高め、その後の労働運動の発展に繋がりました。また、この事件は、日本の知識人運動にも大きな影響を与え、その後の政治・社会運動のあり方にも示唆を与える出来事でした。

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