平賀粛学

平賀粛学とは

平賀粛学（ひらがしゅくがく）は、1939年（昭和14年）に東京帝国大学（現在の東京大学）で発生した、当時の総長であった平賀譲による経済学部教授の休職処分事件です。この事件は、大学の自治と学問の自由に対する侵害として、社会的に大きな波紋を呼びました。

事件の背景

当時の東京帝国大学経済学部では、自由主義的な立場（純理派）の河合栄治郎教授と、国家主義的な立場（革新派）の土方成美教授の二つのグループ間での対立が激化していました。河合教授は、著書の発禁処分を受けており、文部省からの圧力も高まっていました。こうした状況下で、平賀総長は両教授の対立を「両成敗」と判断し、学部教授会への諮問なしに独断で両教授の休職処分を決定しました。河合教授への処分理由は「学説表現の欠格」、土方教授への処分理由は「綱紀の紊乱」とされました。

事件の経過

1938年12月20日: 平賀譲が東京帝国大学総長に就任。
1939年1月: 平賀総長が各学部長と頻繁に接触を始めます。
1月25日: 平賀総長が河合・土方両教授に辞職を促しますが、両者ともに拒否。
1月27日: 平賀総長が文官分限令に基づき、文部大臣に両教授の休職を上申。
1月28日: 各学部長に休職上申が知らされます。土方派の教授8名が総長に辞表を提出。
1月29日: 山田文雄教授が舞出長五郎学部長に辞表を郵送。
1月30日: 大河内一男講師、木村健康助手、安井琢磨助手が学部長に辞表を提出。
1月31日: 河合栄治郎教授に休職が発令。
2月13日: 土方成美教授に休職が発令。

辞表提出者

平賀総長の強引な手法に反発し、多くの教授や助手が辞表を提出しました。この中には、土方派だけでなく、河合派の教授や助手も含まれていました。辞表を提出した主な人物は以下の通りです。

土方派（革新派）

本位田祥男教授
田辺忠男教授
中西寅雄教授
橋爪明男助教授
油本豊吉助教授
渡辺信一助教授
柳川昇助教授
難波田春夫助手
高宮晋助手

河合派（純理派）

山田文雄教授
大河内一男講師
木村健康助手
安井琢磨助手

また、法学部では蠟山政道教授が2月2日に辞職の意思を表明し、3月20日に辞表を提出しました。

事件の影響とその後

この事件は、大学の自治と学問の自由に対する大きな挑戦とみなされ、学内外で大きな議論を呼びました。多くの教授や助手が辞職したことで、経済学部は一時的に混乱状態に陥りました。しかし、助教授以下の辞職撤回や新たな教官の補充により、1940年（昭和15年）に事態は一応の収束を見せました。

この事件は、戦前の大学における思想対立と、権力による学問への介入という問題を浮き彫りにしました。また、大学の自治と学問の自由の重要性を改めて認識させる契機となりました。平賀粛学は、その後の日本の大学史においても、重要な教訓として語り継がれています。

参考文献

美濃部亮吉『苦悶するデモクラシー』（文藝春秋、1959年）
田中耕太郎、末川博、我妻栄、大内兵衛、宮沢俊義『大学の自治』（朝日新聞社、1963年）
木村健康『東大　嵐の中の四十年』（春秋社、1970年）
東京大学経済学部編『東京大学経済学部五十年史』（東京大学出版会、1976年）
竹内洋『大学という病 東大紛擾と教授群像』（中央公論新社、2001年）
立花隆『天皇と東大』「下―大日本帝国の生と死」（文藝春秋、2005年）

関連項目

矢内原事件
人民戦線事件

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