境野事件

境野事件：東洋大学を揺るがした学長排斥運動

1923年（大正12年）、東洋大学で発生した「境野事件」は、学長である境野哲による幹部解任を契機に、大学全体を巻き込む大騒動へと発展しました。この事件は、「東洋大学創立以来の不祥事」とされ、その後の大学運営に大きな影響を与えました。

事件の概要

事件の発端は、1923年3月末に、境野学長が大学財団維持員の田辺善知から、郷白厳という幹事を解職するよう提案を受けたことでした。境野学長は10名の教授に相談しましたが、全員が解職に反対しました。しかし、5月9日に境野学長は郷幹事の解職を決定しました。これに反発した和辻哲郎、島地大等、得能文、沼波武夫らの教授が辞表を提出し、学生の間にも動揺が広がりました。特に、学生からの人気が高かった和辻教授は、学生に向けて「告別演説」を行い、学生たちの不信感を高めることになりました。

5月12日には、多くの学生が講堂に集まり、境野学長、田辺氏、郷幹事から事情を聴取しましたが、学生たちの境野学長に対する不信感は増すばかりでした。その後、学生たちは学長排斥運動を展開し、大学全体が騒然となりました。5月17日には、学生たちが「学長の即時自決を期す」という決議を行うなど、大学の雰囲気は非常に緊迫したものでした。

5月19日、境野学長は幹部会を開き、5月21日から31日まで全学休校とすることを決定しました。さらに、学長排斥運動の中心人物とみなした学生34名の除名および停学処分を下しました。この措置は、学生たちの反発をさらに強める結果となりました。

一方、校友会も学長支持派と反学長派に分裂しました。境野学長を支持するグループは「校友会本部」を名乗り、高嶋米峰を中心とする反学長派は「校友有志団」を結成しました。校友有志団は、境野学長に批判文書を提出しましたが、回答を拒否されたため、事件の顛末を新聞社や校友に送付しました。教授団も境野学長に事件の解決を維持員会に一任するよう勧告しましたが、境野学長はこれを辞職勧告と受け止め、回答を拒否しました。

5月26日、境野学長は顧問会に事態解決への協力を求めました。顧問の岡田良平は当初、境野学長を支持する姿勢を見せましたが、その後、境野学長に辞職を強く迫るようになりました。

6月1日、休校期間が明けましたが、学生たちは講堂を占拠し、「幹部総攻撃の演説」を行うなど、大学の雰囲気は依然として険悪でした。6月25日、岡田良平は境野学長を自宅に呼び出し、再度学長辞職を要求しました。これに激怒した境野学長は、岡田良平に調停拒否を通知し、翌日、反学長派の煽動に加担したとされる6名の教授（和辻哲郎、島地大等、中島徳蔵、杉敏介、稲垣末松、広井辰太郎）を解職しました。しかし、教授たちは解職を拒否しました。

学生たちの学長に対する不満は最高潮に達し、6月27日、学生たちは学長室に押し入り、境野学長を殴打して重傷を負わせ、駆けつけた警官隊とも衝突しました。この事件で、29名の学生が検束されました。6月29日、文部省は境野学長の学長認可を取り消し、事件は終結に向かいました。その後、湯本武比古が学長代理を務め、8月に岡田良平が第5代学長に就任しました。

事件の影響

境野事件は、東洋大学の昇格運動にも大きな影響を与えました。大学は、1918年12月の大学令公布を受けて、昇格のための募金活動を行っていましたが、事件発生により、校友会が分裂し、募金活動は停滞しました。また、教授委員の脱退により昇格基金部も解体状態となり、寄付の取り消しを求める人も続出しました。そのため、大学の昇格は大幅に遅れ、大学令公布から10年後の1928年4月2日にようやく設立認可を受けることになりました。

境野事件は、東洋大学の歴史において、大きな転換点となりました。この事件は、大学の運営体制、教授と学生の関係、大学の自治など、様々な問題点を浮き彫りにしました。そして、この事件を教訓として、東洋大学はその後、より健全な大学運営を目指していくことになりました。

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