増島六一郎

弁護士、そして教育者として近代日本の法曹界と法学教育に大きな足跡を残した増島 六一郎（ますじま ろくいちろう）は、安政4年（1857年）に近江国彦根藩（現在の滋賀県彦根市）の藩士の子として生を受けました。父が61歳の時に生まれた末子であったため、「六一郎」と命名されたと言われています。生家は彦根藩で井伊家の弓術師範を務める230石取りの家柄でした。

明治3年（1870年）、増島は上京し、官立東京開成学校（後の東京大学）に進学。東京大学法学部では第二期生として学び、見事首席で卒業するという優秀な成績を収めました。その後、明治12年（1879年）頃には、岩崎家の支援を得て、後の法曹界で要職を担うことになる穂積 陳重や岡村 輝彦らと共にイギリスへ留学。ミドル・テンプル法学院で研鑽を積み、法廷弁護士（barrister at law）の資格を取得しました。さらに、実務経験を積むため、事務弁護士（solicitor）の事務所でも研修を行っています。

明治17年（1884年）に帰国すると、すぐに代言人の免許を取得し、京橋桧町に自身の法律事務所を開設しました。この時、「バリストル、法学士代言人」という当時の日本では珍しい肩書きを用いたと伝えられています。当時の代言人の中には、英国法廷弁護士の資格を持つ者は星 亨や長岡 護美などごく少数であり、大学卒業者や英語ができる者も限られていました。そうした状況の中で、増島は代言人たちの間で高い声望を得るに至り、明治19年（1886年）には代言人組合の会長に就任しています。

弁護士活動の一方で、教育分野にも情熱を注ぎました。東京神田錦町にあった明治義塾の教壇に立った経験を持ちますが、同校が廃校となった際、その跡地を購入。新たな教育機関として、後の中央大学となる英吉利法律学校と、後の日本中学となる東京英語学校の設立に奔走しました。明治18年（1885年）、増島は英吉利法律学校の創立者18名の中心人物として、同校の初代校長に就任。明治22年（1889年）に東京法学院と改称された後も、引き続き院長を務めました。また、同じ敷地に杉浦 重剛と共に設立した東京英語学校でも、初代校長として教鞭をとっています。

教育機関の運営からは一線を退いた後、増島は弁護士業に本格的に復帰しました。特に、現代でいうところの渉外弁護士として、国際的な要素を含む訴訟案件や企業の法務顧問を主要な業務としました。その卓越した業績と確立された名声により、全米弁護士会、カナダ弁護士会、ニューヨーク州弁護士会といった国外の主要な弁護士会から名誉会員の称号を贈られました。また、彼の法律事務所も事業を拡大し、東京のみならず横浜、神戸、そして上海へと進出していきました。

法曹界への貢献は多岐にわたり、自身が集めた貴重な法律書籍を収蔵した図書館「正求律書院（せいきゅうりつしょいん）」を開館しました。大正15年（1926年）には、その維持運営を目的として、昭和9年（1934年）に財団法人正求堂財団を設立しています。太平洋戦争終結後、日本国内で英米法の研究が活発化する中で、彼の没後である昭和24年（1949年）に、正求律書院の蔵書は最高裁判所に寄託され、「正求堂文庫（せいきゅうどうぶんこ）」として一般公開されています。

その他の逸話として、留学先のイギリス、ミドル・テンプル法学院には彼の大きな肖像画が今も掲げられていると伝えられています。また、かつて毛利家（長府藩）の上屋敷があった土地を自邸として購入しましたが、その場所は現在の六本木ヒルズ内の毛利庭園として知られています。さらに、彼が創設に関わった中央大学の市ヶ谷キャンパスには、同じく創立者の一人である菊池 武夫と共に、彼の胸像が飾られ、その功績を伝えています。

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