墨家

墨家：戦国時代の平和主義と軍事思想の融合

墨家は、中国戦国時代(紀元前475年～紀元前221年)に活躍した、墨子を祖とする思想家集団です。諸子百家のひとつとして知られ、儒家と並ぶ大きな勢力でしたが、秦の統一により歴史から姿を消しました。平和主義と博愛主義を唱えながらも、軍事的な側面も持ち合わせていた、特異な集団でした。

強固な結束と宗教的色彩

墨家集団は、鉅子と呼ばれる指導者の下に、強固な結束を誇っていました。その結束の強さは、多くの逸話に裏付けられています。『呂氏春秋』には、楚の城が陥落した際、責任を取って鉅子孟勝以下400人の墨者全員が自決し、その報告に行った使者二人も後追い自殺したという悲壮な逸話が記されています。また、『墨子』明鬼編にみられる鬼神崇拝の内容から、墨家集団は宗教教団的な側面も併せ持っていたと考えられています。

歴代鉅子と組織運営

墨家の歴史を語る上で欠かせないのが、歴代の鉅子です。初代墨翟から始まり、禽滑釐、孟勝、田襄子と続きますが、四代目以降の詳細は不明です。『呂氏春秋』には腹䵍という人物の名前も登場しますが、その経歴は不明瞭なままです。鉅子を中心とした組織運営は、墨家の活動を支える重要な要素だったと考えられます。

分裂と消滅：墨家三派と別墨

秦の統一前後、墨家は内部対立によって分裂しました。特に「相里氏」「相夫氏」「鄧陵氏」の三派が知られており、『韓非子』では、当時の主要な学派として儒家と墨家が挙げられ、儒家が八派、墨家が三派に分裂していたと記されています。『荘子』では、複数の学派が『墨経』を共有しながらも異なる解釈を持ち、互いに「別墨」と呼んで批判し合っていた様子が描かれています。この『墨経』と現存する『墨子』との関係は、現在も研究者たちの間で議論が続いています。

主要な思想と文献

墨家の思想は多岐に渡りますが、平和主義、非攻、兼愛などが中心的な概念でした。また、天命思想、尚賢思想なども重要な要素です。墨家の著作は、『墨子』以外にも『尹佚』『田俅子』『我子』『随巣子』『胡非子』などが『漢書』に挙げられていますが、現存しているのは『墨子』のみです。『纏子』は『漢書』には記載がありませんが、一部の断片が伝わっています。これらの書物は、墨家の思想体系を理解する上で貴重な資料ですが、多くの部分が失われたことは残念です。

歴史的評価と影響

墨家は、戦国時代における重要な思想集団として、儒家と並び称される存在でした。平和主義を唱えながらも、実際には各地の守城戦に協力するなど、理想と現実の狭間で活動していたことが伺えます。秦の統一によりその勢力を失い、消滅に至ったものの、その思想は後世に影響を与え続けました。現代においても、墨家の思想は、平和や社会正義を考える上で、重要な示唆を与えてくれるでしょう。墨家の歴史を紐解くことは、古代中国の思想史、そして人類の平和への願いを理解する上で、欠かせない作業と言えるでしょう。

参考文献

* 浅野裕一『墨子』講談社学術文庫、1998年。

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