夜想曲 (フォーレ)

フォーレの夜想曲

ガブリエル・フォーレ（1845-1924）が作曲した全13曲のピアノ独奏曲「夜想曲」（フランス語: Nocturne）は、彼のキャリアを通じて書かれました。最初の第1番は1875年頃、最後の第13番は1921年、つまりフォーレが亡くなるわずか3年前に完成しており、この約半世紀の期間は、ヨーロッパ音楽がロマン派から近代音楽へと移行する激動の時代と重なります。フォーレの夜想曲は、この音楽史的な変遷の中で、彼独自の様式探求と円熟の過程を示す貴重な作品群です。

特徴と影響

夜想曲というジャンル名や表現の特質は、フレデリック・ショパンの影響を大きく受けています。しかし、教会音楽学校での学びや長年のオルガニスト経験を通じて培われたグレゴリオ聖歌に基づく対位法やバッハ作品への深い理解は、フォーレの夜想曲に独特の様式をもたらしました。作品の形式は、多くがA-B-A'の三部形式を基調としており、対照的な中間部（B）を経て、主部（A）が変化・発展した形で再現される構成が特徴です。調性面では、ショパンと同様にシャープやフラットの多い調がしばしば用いられましたが、フォーレは調性による音色の違いを意識して選択したと考えられています。また、非和声音、特に倚音の独創的な用法や、音楽的な推進力となるシンコペーション、そして16分音符による細かい動きは、フォーレの音楽に柔軟で流動的な性格を与えています。

標題性について

フォーレは自身のピアノ曲に具体的な情景を描写する標題を避け、「夜想曲」や「舟歌」といった伝統的なジャンル名を好んで使用しました。次男フィリップの言葉によれば、これらの曲が必ずしも夢や心象風景を描いているわけではなく、抒情的、情熱的、あるいはエレジー風など多様な性格を持っています。フォーレにとって標題は、むしろ出版社や聴衆への便宜的なものだった側面が強いようです。哲学者のウラジミール・ジャンケレヴィッチは、フォーレの夜のイメージを単なる描写ではなく、内省や瞑想への魂の沈潜、すべてを捨象した後に生まれる静寂と平安として捉え、「闇に飛翔する沈黙の羽音」に耳を傾ける世界と表現しています。

作曲年代と様式の変遷

フォーレの創作期はしばしば三期に分けられ、夜想曲もそれに沿って特徴が変化します。

- 第一期（1860-1885）：第1番〜第5番

ロマン派からの脱却を目指し、独自のスタイルを模索した時期です。特に第1番（1875年頃）は初期の傑作であり、後の夜想曲に通じる形式や書法が既に現れています。第2番から第5番（1881-1884年）は、ショパンやリストの影響も感じさせ、より「夜想曲」らしいロマンティックな雰囲気をまとっています。第2番には、フォーレが幼少期に聞いた鐘の音の記憶が表現されているとされます。

- 第二期（1885-1906）：第6番〜第8番

半音階や対位法、和声法を探求し、独自の様式を確立した円熟期です。約10年の空白を経て書かれた第6番（1894年）と続く第7番（1898年）は、ロマン派ピアノ音楽の頂点とも評される傑作です。第6番は瞑想的かつ清澄な雰囲気と内的な感情の高まりを見事に調和させています。第7番はより厳しく激しい曲想を持ち、凝縮された表現への志向を示しており、来るべき第三期の様式を予感させます。第8番（1902年）は元々別のピアノ曲集に含まれ、出版社によって後から「夜想曲」と名付けられた経緯を持ちます。

- 第三期（1906-1924）：第9番〜第13番

様式が急進的に変化した時期です。楽器編成はより軽く、対位法が重視され、斬新な和声が生まれました。第9番、第10番（1908年頃）はオペラ『ペネロープ』と同時期に書かれ、簡潔さと雄弁さを共有しています。晩年の境地を示す最後の3曲（第11番、第12番、第13番）は、聴き手を「吹きさらしの高地」に連れていくようです。第11番（1913年）は、亡き友人の夫人ノエミ・ラロに捧げられた心にしみる悲歌で、「変装したレクイエム」とも見なされます。第12番（1915年）は第一次世界大戦中に書かれ、野性的な荒々しさや不安感を反映した劇的な作品です。そして第13番（1921年）は、難聴と闘いながら書かれたフォーレ最後の、そして最も感動的なピアノ曲の一つです。瞑想と力強さ、厳格な対位法と抽象性が融合した、晩年のフォーレの到達点を示す作品と言えるでしょう。

これらの夜想曲は、フォーレの作曲家としての旅路と、彼が生きた時代の音楽的変革を見事に映し出しています。その独特な美しさと洗練されたスタイルは、今なお多くの聴き手を魅了し続けています。

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