大牧温泉

大牧温泉

富山県の南砺市にひっそりと佇む大牧温泉は、庄川が作り出す庄川峡の奥深くにあります。この温泉地の最大の特徴は、陸路が一切なく、船でなければたどり着けない「秘境の一軒宿」として広く知られている点です。庄川の小牧ダムによって形成された美しい湖のほとりに、まるで張り付くように建つその姿は、訪れる人々に特別な非日常体験を提供します。

泉質

大牧温泉から湧き出る湯は、ナトリウム・カルシウム塩化物・硫酸塩泉に分類されます。源泉の温度は57.6℃と比較的高温で、毎分304.0リットルという豊富な湯量を誇ります。この温泉はpH値が8.13と弱アルカリ性を示し、溶存物質が4,025mg/kg含まれており、肌触りが良く、湯冷めしにくい特徴を持つと考えられます。

温泉宿

現在、大牧温泉として営業しているのは「大牧温泉観光旅館」ただ一軒です。庄川の湖面に面して建てられており、交通手段が船しかないため、旅館の正面玄関は湖側の船着場に設けられています。過去には、同じ源泉を利用したかんぽの宿「越中庄川峡簡易保険保養センター」（利賀温泉）が上流部にありましたが、こちらは2004年に閉鎖されました。また、かつては新大牧温泉（現在の庄川峡長崎温泉）にもこの源泉が供給されていた時期もありましたが、現在は大牧温泉観光旅館のみが湯を提供しています。

歴史

大牧温泉の歴史は古く、開湯は源平合戦の時代にあたる1183年と伝えられています。開湯に関する伝説によれば、倶利伽羅峠での戦いに敗れ落ち延びてきた平家の武士たちが、この地で庄川のほとりに湧き出る温泉を見つけたとされています。しかし、温泉地の風景は1930年に大きく変わりました。庄川に小牧ダムが建設されたことにより、かつての源泉地はダム湖の底に沈んでしまったのです。これに伴い、温泉宿は湖畔の現在の場所へ移転しました。ダム完成後も温泉を続けるため、移転した旅館まで源泉を引き湯する工夫が凝らされました。このダム建設の際に、旅館の対岸に道路が整備されたにも関わらず、ダム湖を渡る橋などの交通手段は船以外に設けられませんでした。このことが、現在の船でしかアクセスできないという特徴を生み出し、今日まで続いています。ダム建設によって元の場所が水没し、移転や引湯で温泉を存続させた例は、他の温泉地でも見られます。ダム完成後の1933年には、温泉事業を専業とする「大牧温泉株式会社」が設立され、運営体制が強化されました。一軒宿である大牧温泉観光旅館は、1996年まで「日本秘湯を守る会」に加盟していましたが、現在はその会からは離れています。

アクセス

大牧温泉へ向かうには、まず小牧ダムの近くにある小牧港を目指します。そこから庄川峡遊覧船に乗船し、約30分間の船旅を経て温泉に到着します。遊覧船の運航は季節によって便数が異なり、通常は1日に3便から4便程度が設定されています。なお、この遊覧船は大牧温泉の宿泊者または日帰り入浴利用者以外は、温泉地で下船することはできません。小牧港へのアクセスとしては、北陸新幹線や城端線が停車する新高岡駅から、国道156号線を経由するバスを利用した場合、およそ1時間20分かかります。自動車を利用する場合は、約30分で到着します。興味深いことに、1970年代末頃までは、国道156号線から長崎大橋を渡るルートで陸路から温泉へ行くことも可能だった時期がありました。

舞台となった作品

その独特の秘境的な立地から、大牧温泉はテレビのサスペンスドラマなどのロケーション撮影に頻繁に利用されてきました。そのため、旅館の館内には、撮影に訪れた俳優たちのサインが数多く飾られており、訪れる人々の目を楽しませています。また、小説の舞台としても登場しており、島田雅彦氏の『未確認尾行物体』や、辻真先氏のミステリー小説『ローカル線に紅い血が散る』などに描かれています。

まとめ

船でしか行けないという唯一無二のアクセスの条件が、かえってこの温泉地の魅力と秘境感を高めています。歴史と自然が織りなす庄川峡の景観を眺めながら、日常から隔絶された空間で静かに湯に浸る時間は、訪れる人々に深い癒しと感動を与えてくれるでしょう。

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