失敗の本質

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』は、旧日本軍の敗戦原因を組織論的観点から分析した書籍です。戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎の6名の研究者による共著で、社会科学的手法を用いて、第二次世界大戦における日本軍の主要な作戦の失敗を詳細に検証しています。

概要

本書は、ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ沖海戦、沖縄戦といった、旧日本軍が経験した主要な作戦を分析対象としています。これらの作戦を通して、日本軍がなぜ敗北を重ねたのか、その原因を組織の特性に求め、歴史研究と組織論を組み合わせた学際的なアプローチで、組織としての問題点を浮き彫りにしています。

著者らは、「大東亜戦争は客観的に見て、最初から勝てない戦争」であったという大前提に立ちつつ、各作戦において「より良い勝ち方、負け方」があったのではないかという視点から分析を進めています。彼らは、作戦の失敗が日本軍の組織特性に起因すると考え、「戦い方」の失敗を研究することで、「組織としての日本軍の遺産を批判的に継承もしくは拒絶」することを出版の目的としています。

本書の分析は、防衛大学校の研究者を中心とした戦史研究と、野中郁次郎氏などの組織論研究者の共同研究によって生まれました。特に、組織論研究者は帰納法的な思考に重点を置き、事例研究を通した分析を進めています。

結論として、本書は日本軍が、

環境への過度な適応
官僚的組織原理と属人的ネットワーク
学習棄却（過去の知識を捨てて学び直す）の欠如

といった要因によって、自己革新と軍事的合理性の追求を怠ったと指摘しています。

出版と評価

本書は、出版当初は大きな反響がありませんでしたが、『週刊文春』に掲載された岡崎久彦氏による好意的な書評がきっかけとなり、広く読まれるようになりました。その後、勝間和代氏や新浪剛史氏（サントリー会長）など、著名なビジネスリーダーからも推薦され、話題となりました。

特に、東京都知事の小池百合子氏が本書を「座右の書」と称賛したことも、読者の関心を高める要因となりました。文庫版では、小池氏の写真と推薦コピーが帯にあしらわれたこともあります。2024年の改訂版では、柳井正氏（ファーストリテイリング会長兼社長）や宇宙科学者の津田雄一氏も推薦文を寄せています。

2017年時点で、中公文庫版は70万部に達しており、2024年の新版刊行時には100万部を突破したとされています。このことからも、本書の影響力の大きさが伺えます。

批判的な視点

一方で、本書の内容には批判的な意見も存在します。例えば、軍事史研究家の森本忠夫氏は、物質的・技術的格差を重視する立場から、本書でのレイテ海戦の評価について、組織論に重きを置きすぎていると批判しています。森本氏は、栗田健男提督の行動を「戦略不適応」と評価する著者の見解に対し、「栗田提督は作戦と任務そのものに反対していた」と反論し、「主観主義的な観点から栗田の"退却"を無批判に非難する所論」の一つとして批判を展開しています。

著者

戸部良一：防衛大学校助教授、国際日本文化研究センター教授、帝京大学教授
寺本義也：明治学院大学教授、早稲田大学商学学術院教授
鎌田伸一：防衛大学校助教授、防衛大学校教授
杉之尾孝生：防衛大学校助教授、防衛大学校教授
村井友秀：防衛大学校助教授、防衛大学校教授・図書館長、東京国際大学教授
野中郁次郎：一橋大学教授、富士通総研理事長

続編

本書のテーマをさらに掘り下げた続編も複数出版されています。主なものとして、以下が挙げられます。

『戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』
『失敗の本質―戦場のリーダーシップ篇』
『国家経営の本質―大転換期の知略とリーダーシップ』
『知略の本質―戦史に学ぶ逆転と勝利』
『「失敗の本質」を超えて―安全保障を現場から考える』

これらの続編を含めると、約40年にわたる研究は完結したとされています。

補足

防衛大学校校長だった猪木正道氏の承認と激励により、野中郁次郎氏は防衛大学校に異動し、資料の自由利用が保証されました。野中氏はその後も、組織論の観点から軍事史の研究を続け、数々の著書を出版しています。

2022年には、野中氏が本書の誕生経緯と完成プロセスについて語った『「失敗の本質」を語る なぜ戦史に学ぶのか』が出版されました。また、『組織は人なり』という書籍の第4章では、『失敗の本質』に関する詳しい解説がされています。

まとめ

『失敗の本質』は、旧日本軍の敗戦を組織論的に分析しただけでなく、現代の組織にも通じる教訓を示唆する名著として、今もなお多くの読者に支持されています。組織の自己革新の重要性を訴える本書は、ビジネスの世界だけでなく、国家の経営においても重要な示唆を与えてくれるでしょう。

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