小売業の地理学

小売業の地理学とは

小売業の地理学は、地理学の視点から小売業の立地と消費者の購買行動を研究する分野です。都市の内部構造を分析する上で重要な要素として位置づけられ、都市における小売業の空間的な構造を研究対象として発展してきました。

研究の動向

1980年代までは、都市内における小売業の分布とその変化が主な研究テーマでした。しかし、1990年代後半以降は、商業政策の変化や大型店の立地との関連性についての研究が盛んに行われるようになりました。

また、1990年代後半には、イギリスでリグレイとローによって「新しい小売業の地理」という概念が提唱され、小売業における流通資本の影響力に着目した研究が進められています。

小売業の空間構造

小売業の空間構造に関する研究は、1930年代のアメリカで体系化されました。当時、中規模都市の中心業務地区（CBD）が大都市のCBDよりも一段階低い商業地類型に相当することが明らかになり、中心地理論と同様の考え方で説明できることが示されました。

1940年代から1950年代にかけての研究では、商業地は主に2つのタイプに分類されました。一つは、路面電車の乗り換え地点などに発達する塊状の「センター」であり、もう一つは、CBDから郊外に伸びる道路沿いに発達する線状の「リボン」です。

アメリカでは1920年代以降、小売業の郊外化が進み、1950年代には大都市の小売業の売上額が減少する傾向が見られました。

小売業の地理学において、ブライアン・ベリーは重要な役割を果たしました。彼は、上記の「センター」と「リボン」に加えて、特定の商品分野を扱う専門店が集まる「専門化地域」という概念を提唱し、小売商業地を3つの体系に分類しました。

各国における小売業分布の構造変化

アメリカ

ケラーマンは、アメリカにおける小売業の構造変化を以下の4段階に分類しました。

1. 都心が卓越していた時代（1940年代後半～1950年代前半）
2. ショッピングセンターの発展と都心の衰退が見られた時代（1950年代前半～中頃）
3. 郊外にショッピングセンターが建設された時代（1960年代）
4. 郊外にCBD以上の規模を持つショッピングセンターが形成された時代（1970年代）

イギリス

ワイルド・ショーは、イギリスにおける小売業の構造変化を以下の3段階に区分しました。

1. 都心商業地の拡大期
2. 主要道路沿いに線状に郊外へ発展した時期
3. 都市に組み込まれた農村にセンターが出現した時期

また、食料品店、耐久用品店、高級品販売店の順で郊外への分散が進む傾向が見られました。

日本

伊藤（2013）は、日本における小売業の構造変化を以下の段階に分けて説明しました。

1. 大都市内部の商業地区や駅前商店街の近隣への出店が中心だった時代（1950年代～1960年代）
2. 中心市街地に加え、郊外に大規模な駐車場を備えた店舗が出店するようになった時代（1974年の大店法施行）
3. 中小都市の郊外に店舗が中心的に出店するようになった時代（1978年の大店法改正）
4. 郊外に加え、再び大都市内部や駅前への出店が見られるようになった時代（2000年の大店立地法施行）

新しい小売業の地理

新しい小売業の地理は、イギリスの地理学者リグレイとローによって提唱された概念で、マルクス主義の立場から理論構築が試みられています。この概念は、小売業における流通資本の影響力が大きくなったことを受け、小売業の分布パターンと都市構造の変動を、経済地理学と文化地理学の視点から分析するものです。

従来、小売業の運営は家族経営の独立店が中心でしたが、総合スーパーやコンビニエンスストアなどのチェーンストアが台頭し、寡占化が進みました。イギリスでは、テスコやセインズベリーのような小売チェーンが成長し、中小小売業者や生活協同組合は衰退しました。

リグレイとローは、小売業の立地変化を都市機能の観点だけでなく、大手流通資本の影響力と行政による規制や誘導の相互作用から捉えることを提唱しました。さらに、量販資本とメーカーの取引関係や雇用問題など、幅広い視点から分析を行っています。

日本でも、同時期に箸本健二によって小売業の立地変化に関する研究が行われ、「新しい小売業の地理」の考え方と合致する産業システムの枠組みで分析する経済地理学の視点が取り入れられました。

批判

バーキン（リーズ大学教授）は、新しい小売業の地理の有用性を認めつつも、従来の地理学が扱う店舗立地研究を軽視している点を批判しました。

根田克彦（奈良教育大学名誉教授）は、都市内や都市圏の空間構造研究と流通地理を結びつけることの重要性を指摘しています。

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