山村蘇門

山村蘇門（やまむら そもん）

山村蘇門は、江戸時代後期の尾張藩士であり、木曽代官を務めた人物です。号を蘇門といい、本名は山村良由（やまむら たかよし）といいます。尾張藩の重臣として藩政に携わる一方、漢詩人としてもその名を残しました。

生涯

山村家は、関ヶ原の戦いの功績により、当初は江戸幕府の旗本でしたが、後に尾張藩の附家老となりました。木曽代官の職務に加え、幕府から福島関所の守備という重要な役割を担い、尾張藩と幕府、両方の重臣としての特別な身分を持っていました。蘇門の時代には、美濃国恵那郡、土岐郡、可児郡の一部、中山道沿いの村々を合わせて5,700石を領していました。

寛保2年（1742年）に山村良啓の次男として生まれた蘇門は、幼少の頃から読書を好み、10歳になる頃には昼夜を問わず書物を読みふけっていたといいます。その熱心さから侍医が心配するほどでしたが、読書を禁じられると食事も取らなくなったため、周囲もその熱意に驚き、好きなように読書をさせたという逸話が残っています。

宝暦年間には、山村家の侍医であり本草学者でもあった三村道益に学問の手ほどきを受けました。宝暦11年（1761年）には、将軍代替わりの挨拶のため、父に従い江戸へ参府し、将軍・徳川家治に謁見しました。江戸滞在中には、大内熊耳に師事し、多くの学者や文化人と交流を深めました。帰郷後も、疑問があれば書状で教えを請うなど、向学心を失うことはありませんでした。明和3年（1766年）には、京都の江村北海に入門しています。また、蘇門の片腕となる石作貞一郎（駒石）も、伊勢の学者・南宮大湫や細井平洲に学んでいます。

天明元年（1781年）に家督を継ぎ、山村甚兵衛を襲名して木曽代官となりました。当時の山村家は財政難に苦しんでいましたが、蘇門は節約を励行し、名古屋屋敷の留守居役であった石作貞一郎を勘定役に抜擢して、財政整理にあたらせました。凶作が続いた際には、美濃や松本から木曽谷へ米を運び込み、産業振興を図ることで財政を立て直しました。自ら質素倹約に努め、幕府に働きかけて木曽領内への米の搬入を確保し、石作貞一郎ら有能な家臣を登用して町人の協力を得ながら、財政再建に大きな成果をあげました。

天明7年（1787年）には、全国的に大規模な飢饉が発生しましたが、蘇門は領内を巡視して金穀や医薬を給与したため、木曽では多くの人々が餓死を免れることができました。その功績は、中山道を通行した幕府老中の松平定信も知るところとなり、蘇門を幕府の老中に抜擢しようとしたほどでした。

しかし、尾張藩主の徳川宗睦は、蘇門の能力を惜しみ、同年10月、蘇門と息子の良喬を尾張藩に召し出しました。そして、12月に名古屋城へ出仕させた上で、家督を甥の良喬に譲らせ、蘇門を尾張藩の年寄役（家老職）に抜擢し、3,000石の知行を与えました。天明8年（1788年）には、従五位下伊勢守に任じられました。寛政2年（1790年）には、江戸定府詰として85人扶持を与えられ、寛政5年（1793年）には、従五位下、伊勢守に叙せられました。

寛政10年（1798年）に病を理由に隠居を願い出ますが、尾張藩主はこれを惜しみ、家老の成瀬正典とともに慰留を試みました。しかし、蘇門は「人の止むるは是れ退くべきの秋也」と伝えて、退官の意思を貫きました。隠居後は、50人扶持を与えられ、江戸の芝にあった山村家の屋敷に住んでいましたが、寛政12年（1800年）の火事で屋敷が焼失したため、隅田川沿いの大川橋南控屋敷に移りました。

隠居後も、細井平洲と交流したり、中山後凋軒から長沼流の兵法を学んだりするなど、向学心は衰えることがありませんでした。また、古賀精里、神保蘭室、樺島石梁といった全国の学者と交流を深めるとともに、木曽義仲を顕彰する「木曽宣公旧里碑」を建立するなど、文化事業にも力を注ぎました。著作には、『清音楼詩鈔』、『清音楼集』、『忘形集』などがあります。

蘇門は多才な人物で、弓、馬、刀、槍といった武術から、笙、箏、書、画といった芸術まで、あらゆる分野において優れた才能を発揮しました。晩年は、古賀精里、秦滄浪、立原翠軒、樺島石梁、菅茶山といった文人たちと交流し、詩作に励む日々を送りました。

文政5年（1822年）秋、蘇門は家臣に対し、「速やかに装束を用意せよ。冬春の交わり、恐らくは病まん。墳墓の地で終りたい」と語りました。家臣たちは、蘇門が常に木曽の寒さを恐れていたことを知っていたため、この言葉を信じることができませんでした。しかし、蘇門は木曽へ帰郷し、文政6年1月16日（1823年2月26日）に、木曽福島の山村邸において82歳でその生涯を閉じました。興禅寺に葬られ、戒名は「徳光院殿前勢州刺史照山宗遵大居士」です。

蘇門の生涯は、多才な文化人、そして優れた政治家としての二つの側面を持っていました。財政難にあえぐ藩を立て直し、飢饉に苦しむ人々を救済したその功績は、今もなお語り継がれています。

脚注

上記内容は、参考文献に記載された資料に基づいています。

参考文献

今田哲夫『山村蘇門―近世地方文人の生涯―』郷土出版社、1988年。
高橋明彦「山村蘇門・追考 : 略年譜、交友など」『金沢美術工芸大学紀要』第40号、金沢美術工芸大学、1996年、70-58頁。
井口利夫 著、木曽福島町教育委員会 編『山村蘇門』木曽福島町教育委員会、1999年。
牛丸景太『蘇門公をご存じですか？ Do you know SOMON?』木曽町商工会木福島支部、2023年。
萱場真仁「良由公日記」にみる木曽代官山村良由の治世・人物像」『金鯱叢書』51輯、徳川林政史研究所、2004、55-70頁。
『木曽福島町史　第一巻　(歴史編)』　第五章　江戸時代　第一節　山村氏　第九代　良由　p230～p232　木曽福島町教育委員会　1982年
『西筑摩郡誌』　五四、山村伊勢守良由（蘇門公） p620～p622　長野県西筑摩郡役所　1915年
『山口村誌　上巻』　第四章　近世 第二節　尾張藩の成立と木曽　二　木曽代官　山村氏　木曽代官山村氏歴代　九代　山村良由　七之助　式部　三郎右衛門　甚兵衛　伊勢守　p428～p429　山口村誌編纂委員会　平成7年

外部リンク

山村蘇門　木曽町公式サイト
* 『山村蘇門』 - コトバンク

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