山羊の頭のスープ

ローリング・ストーンズ『山羊の頭のスープ』(1973)：混沌と創造のジャマイカ録音

1973年、ローリング・ストーンズは、前作『メイン・ストリートのならず者』とは異なる方向性を模索し、新たなアルバム『山羊の頭のスープ』を発表しました。このアルバムは、アメリカとイギリスの両チャートで1位を獲得するなど商業的な成功を収めましたが、その制作過程や評価には複雑な歴史が隠されています。

ジャマイカでのレコーディングと異質なサウンド

レゲエ音楽の隆盛の影響を受け、バンドはジャマイカのキングストンにあるダイナミック・サウンド・スタジオに拠点を移し、レコーディングを行いました。しかし、完成したアルバムはレゲエの影響を直接的に示すものではなく、むしろファンクやニュー・ソウルからの影響が色濃く反映された独特のサウンドとなりました。

サウンド面では、前作の生々しくラフなギターサウンドとは対照的に、鍵盤楽器を前面に押し出し、エフェクトを多用した緻密で、時に混沌とした音作りが特徴です。ニッキー・ホプキンス、ボビー・キーズ、そしてビリー・プレストンといった常連ミュージシャンに加え、ジャマイカのパーカッション奏者も参加し、アルバムにエキゾチックな風味を加えています。特にプレストンは、これまでのオルガン演奏ではなく、クラビネットを演奏している点が注目されます。

興味深いことに、このレコーディングセッションには日本の音楽誌『ミュージック・ライフ』の取材班が招かれ、作業の様子が取材されました。これは翌年に予定されていた初の日本公演に向けたプロモーションの一環でしたが、ミック・ジャガーの過去の麻薬所持による逮捕歴を理由に入国拒否されたため、公演は中止となってしまいました。

ジャマイカでのレコーディングは1ヶ月足らずで終了し、20曲以上の素材が集められました。その後、ハワイとオセアニアでのツアーを経て、ロンドンのアイランド・スタジオでオーバーダブとミキシングが行われ、アルバムは完成しました。この間、アンディ・ジョンズの病気やジミー・ミラーの体調不良といったアクシデントもありましたが、バンドは6月に全ての作業を終え、8月31日に『山羊の頭のスープ』をリリースしました。

大ヒット曲「悲しみのアンジー」とアルバムの評価

アルバムからは「悲しみのアンジー」と「ドゥー・ドゥー・ドゥー…（ハートブレイカー）」がシングルカットされ、特に「悲しみのアンジー」は全米チャートで1位を獲得する大ヒットとなりました。「悲しみのアンジー」、「ダンシング・ウィズ・ミスターD」、「シルヴァー・トレイン」の3曲ではプロモーションビデオも制作されており、YouTubeのストーンズ公式チャンネルで視聴可能です。

商業的には大成功を収めたアルバムでしたが、作品としての評価は必ずしも高くありませんでした。ローリングストーン誌のバド・スコッパは、アルバムを肯定的に評価しつつも、二流の曲がいくつか含まれており、「究極のローリング・ストーンズのアルバム」と評価するには至らないと述べています。ジャガー自身も、キース・リチャーズのドラッグ問題が作品に影響を与えたと考えていました。

実際、本作リリース直前の1973年6月、リチャーズは麻薬所持で逮捕されており、彼のドラッグ依存はその後も深刻化し、1977年のカナダでの逮捕劇に繋がりました。これはストーンズの活動に大きな危機をもたらす出来事でした。

アルバムのその後とリイシュー

『山羊の頭のスープ』は、1994年、2009年、2011年とリマスター版がリリースされ、2014年にはSHM-CDでも発売されました。そして2020年には、新しいステレオ・ミックスとドルビー・アトモスミックス、未発表音源、ライブ音源などを含めたボックスセットが発売され、改めて注目を集めました。このボックスセットには、ジミー・ペイジが参加した「スカーレット」も収録されていますが、厳密には本作のアウトテイクではなく、別途録音された楽曲です。

収録曲とクレジット

アルバムには、ジャガー/リチャーズの作品に加え、ミック・テイラーが作曲に参加した曲も含まれています。キース・リチャーズがリードボーカルをとるバラード「夢からさめて」や、当初は「スターファッカー」というタイトルだったが変更された「スター・スター」など、多彩な楽曲が収録されています。また、デラックス・エディションには未発表曲やライブ音源も収録されています。

『山羊の頭のスープ』は、商業的な成功と複雑な制作過程、そして賛否両論の評価という、ローリング・ストーンズの歴史における重要な一枚と言えるでしょう。このアルバムは、バンドの音楽性を探求する旅路のひとつの到達点であり、同時に、その後のバンドの歩みにも影響を与えた作品です。

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