己

己（き、つちのと）

「己」は、古代中国に起源を持つ暦や方位、占術などで用いられる思考体系である十干（じっかん）において、六番目に位置する要素です。「き」あるいは「つちのと」と読まれます。

陰陽五行説（いんようごぎょうせつ）の枠組みでは、「己」は五行のうち「土（ど）」の性質を持ち、さらに陰陽においては「陰（いん）」に分類されます。このため、日本語の「つちのと」という読みは、「土の弟（おとうと）」という意味合いに由来するとされています。五行思想において、土は万物を育み、安定させる中心的な要素と見なされており、その陰の側面を表すのが「己」です。

漢字としての「己」の字形がどのように成立したかについては諸説あり、現時点では定まった説がありません。十干の六番目を指す言葉としてこの字が使われるのは、本来の意味とは異なる用法、すなわち仮借（かしゃく）によるものと考えられています。また、「己」と字形が似ている他の漢字として、「已（い、すで）」や「巳（し、み）」がありますが、これらは意味も漢字が作られた起源も全く異なる別の字です。これらの区別を覚えるための古い言葉として、「こきの声、おのれつちのと下につき、いすでは半ば、しみは皆つく」という覚え方が伝わっています。これは、文字の下部のはねや曲がりの形の違いを示唆しているとされます。

十干が物事の順序や等級を表す際に用いられる場合、「己」は六番目を意味します。しかし、十干すべてを順位付けに用いる機会は比較的少なく、「己」まで使われる例はあまり一般的ではありません。

暦の上では、「己」は西暦の年の下一桁が9である年を指し示す際に用いられます。例えば、1999年や2009年などが「己の年」にあたります。このように年を表す場合の「己」には、「屠維（とい）」または「徒維（とい）」という別称も存在します。

現代では、十干が純粋な暦や年月の表示以外にも、様々な分野で応用されています。例えば、中国語圏における有機化合物の命名法においては、炭素原子を6つ含む化合物や官能基の名称に「己」が付されることがあります。これは、十干の六番目という位置づけに対応しています。

十干は、甲（きのえ）から癸（みずのと）までが一巡する周期的な体系をなしています。この体系の中で、「己」は一番目の「甲（きのえ）」とは対極の関係にあると見なされることがあります。

方位との関連では、「己」の恵方は「東北東やや東」の方向に定められています。具体的には、北を0度とした時計回りの角度で約75度の方向にあたります。

「己」は、十二支（じゅうにし）と組み合わされることで、六十干支（ろくじっかんし）と呼ばれる暦の基本的な単位を構成します。「己」を天干（てんかん）とする干支には、以下のようなものがあります。

己巳（つちのとみ）
己卯（つちのとう）
己丑（つちのとうし）
己亥（つちのとい）
己酉（つちのととり）
己未（つちのとひつじ）

これらの干支は、年・月・日・時を表すのに使われ、古来より人々の生活や文化に深く根ざしてきました。「己」は、このように暦、思想、化学、占術など、多様な文脈で用いられる興味深い概念と言えます。

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