常陸伊佐氏

伊佐氏（いさし・いさうじ）は、平安時代後期から南北朝時代にかけて、現在の茨城県筑西市にあたる常陸国伊佐郡を本拠とした武家である。後の陸奥国の有力大名、伊達氏の祖と伝わる一族であり、常陸国内では同族の中村氏と共に勢力を有した。

その起源は、天永二年（一一一一年）に藤原定任の子である実宗が常陸介に任じられ、伊佐郡に居住して伊佐氏を称したことによるとされる。出自については複数の説が唱えられている。古くは藤原北家山蔭流とされてきたが、下毛野朝臣の一族とする説も提唱されている。また、桓武平氏繁盛流の常陸大掾氏族である多気氏と関連付ける見解もあるが、刀伊の入寇で功を挙げ肥前国を賜った伊佐為賢を始祖とする九州の肥前伊佐氏（鎮西平氏）とは系統が異なると考えられている。

鎌倉幕府を開いた源頼朝による奥州藤原氏討伐、すなわち奥州合戦が文治五年（一一八九年）に行われた際、伊佐氏の人物が重要な役割を果たした。常陸入道念西（後に伊達朝宗と称される）とその四人の息子、常陸冠者為宗（伊佐為宗）、為重、資綱、為家は、源頼朝軍に従って奥州へ従軍した。彼らは石那坂（現福島市飯坂）での激戦において藤原泰衡方の兵と戦い、長男の為宗は目覚ましい活躍を見せた。その武勲により、信夫佐藤庄司（佐藤基治）をはじめとする敵兵十八人の首級を得る手柄を立てた。この功績に対し、念西は頼朝から陸奥国伊達郡と信夫郡を与えられ、本拠を移して伊達氏を名乗ることになった。一方、為宗は父と共に奥州へは移らず、伊佐郡の本領に留まり、伊佐氏の家督を継承したのである。

その後、鎌倉幕府と後鳥羽上皇の間で争われた承久の乱（承久三年/一二二一年）が勃発すると、伊佐為宗（伊佐大進太郎）は幕府方として北条泰時に従って参戦した。宇治川での激戦において、為宗は上皇方の軍勢と戦った末に戦死（または溺死したとも伝えられる）したという。為宗の没後、伊佐氏の家督は伊達氏の系図によれば、常陸入道念西の四男である為家が継承したとされている。為家以降も、為綱、宗行、行方、時方といった歴代当主が続いたとされる。また、幕府の公式記録である『吾妻鏡』には、文治三年（一一八九年）から承久五年（一二二三年）にかけて伊佐三郎行政という人物が登場し、鎌倉幕府に関与していた様子がうかがえる。さらに、北条氏の系図『系図纂要』によれば、執権北条泰時の子である北条有時の母は伊佐二郎朝政の娘であり、伊佐氏が鎌倉幕府の有力御家人である北条氏とも姻戚関係を結んでいたことがわかる。

鎌倉幕府が滅亡し、南北朝の対立が深まる時代に入ると、伊佐氏もまたこの動乱に巻き込まれていく。伊佐太郎行資は、同族の伊達行朝や中村経長らと共に南朝方に属し、鎮守府将軍北畠顕家に従った。彼らは北朝方の勢力、特に高師冬らと常陸国内で激しい戦いを繰り広げた。行資は本拠である伊佐城に籠城し、近くにあった小田城や関城、大宝城といった南朝方の拠点と連携しながら北朝方の攻撃に対し善戦した。しかし、激しい攻防の末、興国四年（一三四三年）十一月には伊佐城が落城してしまう。この落城によって、伊佐氏は常陸国における中心的な勢力としての地位を失い、事実上没落した。伊佐氏の没落は、緊密な関係にあった伊達氏にとっても常陸国における勢力維持を困難にし、伊達氏は陸奥へとその活動の軸を本格的に移すことになった。

南北朝時代以降、伊佐氏の直接的な動向は不明確となるが、戦国時代には下総国の有力大名である結城氏の家臣団の中に伊佐姓を持つ者が確認されており、伊佐氏の血筋が完全に絶えたわけではないことがうかがえる。伊佐氏は、平安末期から南北朝期にかけて常陸国に根差した武家であり、伊達氏の誕生にも深く関わった重要な一族であった。その波乱に満ちた歴史は、当時の武士団の興亡を映し出している。

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