弦楽四重奏曲第15番 (ベートーヴェン)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132は、彼が1825年に作曲した後期弦楽四重奏曲群に属する傑作の一つです。同年にシュパンツィヒ四重奏団によって初演され、第12番、第13番と同様にロシアの貴族ニコライ・ガリツィン公に献呈されました。この作品は全5楽章で構成されています。

作曲の過程は、1824年に第1楽章と終楽章のスケッチから始まりました。当初、ベートーヴェンは伝統的な4楽章構成を想定していたようです。しかし、彼が重病を患い作曲が一時中断された後、奇跡的な快復を経て創作が再開された際、作品の中心となるべき「リディア旋法による、病より癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」と題された第3楽章が挿入されることとなり、最終的に5楽章構成となりました。

楽章構成

1. Assai sostenuto - Allegro: イ短調で書かれた序奏つきのソナタ形式楽章です。短いながらも重厚な序奏部は、作品全体、さらには後に完成される『大フーガ』（作品133）にも共通する重要な動機を含んでいます。この楽章の形式は独特で、音楽学者ロジャー・セッションズは呈示部が三重構造になっていると分析しています。

2. Allegro ma non tanto: イ長調の三部形式です。ベートーヴェンが交響曲第3番以降多用したスケルツォというよりは、むしろトリオを持つメヌエットに近い性格を持っています。トリオ部分では、主音である「ラ」の保続音の上で旋律が奏でられ、民族舞踊のミュゼットを想起させます。

3. Molto Adagio - Andante （"Heiliger Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit, in der lydischen Tonart"）: ヘ調のリディア旋法による、この曲の中核をなす楽章です。五部形式で書かれ、全曲中最も長く、精神的なクライマックスに位置付けられます。「リディア旋法による、病より癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」という副題が示す通り、病からの回復というベートーヴェンの個人的な体験が深く反映されています。楽章は、緩やかなヘ調の教会旋法による「聖なる感謝の歌」の部分と、より速いテンポで「新しい力を得た (Neue Kraft fühlend)」と記されたニ長調の部分が交替する形で展開されます。

4. Alla Marcia, assai vivace (attacca): イ長調の短い間奏曲です。二部形式で、行進曲風の前半部からレチタティーヴォ風の楽句を経て、間断なく（アタッカ）終楽章へと繋がります。

5. Allegro appassionato - Presto: イ短調のロンド形式による熱情的な終楽章です。スケッチ帳の研究によると、冒頭のロンド主題は元々交響曲第9番の器楽による終楽章のために構想されていた可能性が指摘されています。コーダは二段階で構成され、劇的な展開の後にイ長調へと転じて曲を締めくくります。

この作品、特に第3楽章は、後の芸術家たちに大きな影響を与えました。フランスの作家マルセル・プルーストは、この曲の第3楽章と第5楽章に深い感銘を受け、特に第5楽章を「私が音楽で知るうち最も美しいもの」と称賛しています。彼の小説『失われた時を求めて』の一部である『ソドムとゴモラII』の中では、登場人物シャルリスがこの曲に触れ、「ほとんどとげとげしいほどの神秘性こそが、崇高なのだ」と語らせる場面があります。また、ドイツの作家トーマス・マンもこの曲を「最高級」と位置づけ、自身の代表作『ファウストゥス博士』執筆期間中に繰り返し聴いたと記しています。これらの文学作品における言及は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番が単なる音楽作品にとどまらず、多くの人々に精神的な深みや崇高さを感じさせる芸術として受け止められていることを示しています。

この曲は、ベートーヴェンの後期様式の中でも特に内省的で精神的な深みを持つ作品の一つとして、現在も世界中で重要なレパートリーとされています。

もう一度検索