御誂次郎吉格子

『御誂次郎吉格子』：昭和初期の時代劇映画、鼠小僧次郎吉の愛と義侠の物語

1931年（昭和6年）、日活太秦撮影所で製作されたサイレント映画『御誂次郎吉格子』（おあつらえじろきちこうし）は、吉川英治の小説『治郎吉格子』を原作とする時代劇長編映画です。監督は伊藤大輔、主演は大河内傳次郎という、当時の映画界を代表する黄金コンビがタッグを組んだ作品として知られています。

本作は、お正月映画として公開されたこともあり、前作とは異なり、派手なチャンバラシーンは控えめ。恋愛ドラマの要素が強く、製作者の意表を突く趣向が随所に散りばめられています。特に、冒頭シーンの三十石舟での演出は、巧みに大河内傳次郎を二役で登場させ、観客を惹きつける工夫が凝らされています。

大河内傳次郎は、同年公開された『鼠小僧旅枕』に続く、二度目の鼠小僧次郎吉役。後の山中貞雄監督作品『鼠小僧次郎吉』でも同役を演じています。本作では、妖艶な女郎おせん役を伏見直江、清純な娘お喜乃役を伏見信子（姉妹での出演）が演じるなど、豪華なキャストが脇を固めています。また、悪役として強烈な印象を残した仁吉役の高勢実乗は、後の喜劇俳優転向後も人気を博しました。

映画は、大阪に逃亡した次郎吉と、女郎おせんとの同棲生活から始まります。おせんは、欲望に満ちた兄・仁吉に利用されながらも、次郎吉への激しい恋心を抱いています。次郎吉は、おせんの積極性に戸惑いを感じ始め、やがて出会ったお喜乃に心を惹かれていきます。

次郎吉の過去の盗みが、お喜乃の現在の悲惨な境遇と繋がっていることを知った次郎吉は、大きな衝撃を受けます。さらに、仁吉がお喜乃を同心重松の妾にしようと企んでいることを知った次郎吉は、お喜乃を救うために行動を起こします。

仁吉は、お喜乃の父を殺害し、お喜乃を誘拐。次郎吉は、お喜乃を救出しますが、仁吉一味との激しい対決の末、仁吉を殺害します。これは、次郎吉にとって最初で最後の殺しとなりました。おせんは、次郎吉への思いを胸に、淀川に身を投じます。

その後、次郎吉は捕らえられ、死罪となります。満月が輝く夜空の下、次郎吉は、おせんとお喜乃への想いを胸に涙を流す、というシーンで幕を閉じます。

本作は、複数の上映時間バージョンのフィルムが現存しており、国立映画アーカイブやマツダ映画社が所蔵しています。最長版は80分版です。伊藤大輔と大河内傳次郎のコンビによる作品としては、比較的完全な形で残されている貴重な作品となっています。

『御誂次郎吉格子』は、単なる時代劇を超えて、当時の社会情勢や検閲体制を反映した作品とも解釈されています。「御誂」というタイトルや、次郎吉の役回り、そして社会主義活動家への重ね合わせなど、多角的な解釈が可能です。

この映画は、伊藤大輔監督、唐沢弘光撮影、大河内傳次郎主演という、昭和初期映画界を代表する黄金チームの貴重な作品であり、日本の映画史における重要な位置を占めていると言えるでしょう。字幕の効果的な使用、世話狂言を思わせる恋愛描写、そして時代背景と社会状況との関連など、見どころ満載の、まさに幻の名作です。

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