徳川重倫

徳川重倫：型破りな紀州藩主の生涯

徳川重倫（とくがわ しげのり）は、延享3年（1746年）に紀州藩七代藩主・徳川宗将の次男として生まれました。幼名は久米之丞、のちに岩千代と名乗ります。宝暦5年（1755年）に元服し、第九代将軍・徳川家重より偏諱を賜り、重倫と名乗るとともに従四位下・常陸介に叙任されました。

明和2年（1765年）、20歳で紀州藩主に就任。有栖川宮職仁親王の娘、職子女王と婚約するも、明和6年（1769年）に破談となりました。生涯正室を迎えることはありませんでした。

安永4年（1775年）、30歳という若さで隠居。長男は早世、次男の岩千代（のちの徳川治宝）は幼少であったため、支藩である伊予西条藩主であった叔父の松平頼淳（後の徳川治貞）に藩主の座を譲りました。隠居後は太真と号し、文政12年（1829年）に84歳でその生涯を閉じました。

短い治世と長い隠居生活

重倫の藩主在位期間は9年11ヶ月と短く、その間、江戸参府は3回、和歌山帰国は4回、和歌山での滞在期間は合計で2年7ヶ月に過ぎませんでした。特筆すべきは、幕府から命じられた隠居期間が54年4ヶ月と非常に長かったことです。隠居期間中は江戸参府や和歌山への帰国は一切ありませんでした。

型破りな人物像

重倫は、伊勢参りを好む一方で、その性格は徳川御三家の当主とは到底思えないほど傍若無人であったと伝えられています。家人に刃物を振り回すことも少なくなく、そのため幕府から度々登城停止を命じられたといいます。

大田南畝の著書『半日閑話』には、重倫が江戸屋敷で隣家の松江藩邸の婦女子を銃撃したという逸話が記されています。夕涼みをしていた婦女子が、自分の屋敷を見下ろしているように見えたことが重倫の逆鱗に触れたとされています。幕府から素行の悪さを咎められて登城停止を命じられていた腹いせだったとも言われています。幕府からの詰問に対し、重倫は「あれは花火を打ち上げただけだ」と言い放ち、幕府の役人を嘲笑ったと伝えられています。これらの素行の悪さから、幕府に強制的に隠居させられたとも言われています。

大胆な発言

『南紀徳川史』には、薩摩藩が大阪城の守備を願い出た際、幕閣が対応に苦慮したという逸話が掲載されています。尾張藩と水戸藩がうろたえる中、重倫は「薩摩守を大阪に入れ、自分が代わりに鹿児島へ留守番に行く」と大胆な発言をしたとされています。この発言を聞いた薩摩藩は、すぐに願いを取り下げたと言われています。ただし、『南紀徳川史』は編纂時期や内容の偏りから、史料としての正確性に疑問が残ると指摘されています。

史実との相違

三田村鳶魚の著書『徳川の家督相続争い』には、重倫が長男の生母を斬殺したという記述がありますが、『南紀徳川史』によれば、長男の生母はその後も生存し、他の子も産んでいることから、この記述は史実とは異なる可能性が高いとされています。

まとめ

徳川重倫は、短い藩主在位期間と長い隠居生活を送った人物ですが、その型破りな性格と奇行の数々で、後世に強い印象を残しました。史料によってはその人物像に誇張や偏りがある可能性も考慮する必要がありますが、江戸時代の一風変わった大名として、興味深い存在であることは間違いありません。

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