思想検事

思想検事とは

思想検事とは、思想犯罪を取り締まる検察官を指す通称です。官制上は「思想検事」という職名は存在せず、実際には事務分担として思想係を担当する検事が「思想検事」と呼ばれていました。思想犯罪とは、国家に反する思想や主張に基づき行われる犯罪行為であり、治安維持法違反、大逆罪、内乱罪、外患罪、騒擾罪、殺人罪、傷害罪などが含まれていました。

思想検事の組織

思想検事は、主に左翼思想を取り締まる「左翼掛（第一部）」と、右翼思想を取り締まる「右翼掛（第二部）」に分かれていました。また、戦時中から戦後にかけては「労働係検事（労働検事）」も存在しました。

思想検事の誕生

1927年10月、東京地方裁判所検事局に、一般の検察実務とは別に思想問題専門の部署として「思想専門」（通称：思想部）が設置されました。初代部長には平田勲が就任し、三・一五事件や四・一六事件を指揮しました。平田はその後、佐野学や鍋山貞親らの転向を演出したことでも知られています。1928年7月には、裁判所職員定員令の改正により、官制上も「思想検事」という名称が正式に用いられるようになりました。

思想検事の活動

思想検事の活動は、京都学連事件において私有財産制度の否認を理由に治安維持法が初適用されたことから始まりました。当初は実際の被害発生を取り締まる目的だったものが、次第に危険を惹起する可能性のある思想・信条を対象とする予防的な役割へと拡大解釈されていきました。この拡大解釈は、三・一五事件や四・一六事件に代表されるように、現実の被害が発生する前の段階で思想や信条を対象として取り締まるというものでした。

1919年末には、林頼三郎大審院検事の「思想犯の社会からの隔離」という提言を基に、1941年には予防拘禁が盛り込まれた新治安維持法が策定されました。これにより、思想検察は思想警察や思想憲兵と共に、戦時日本の治安体制の中核を担うこととなりました。戦前においては、警察や憲兵も検事の指揮下に入り、思想捜査においては検事が主導的な役割を果たしました。

戦後の思想検事

戦後、一時的に経済検察が重視されましたが、東西冷戦の激化を背景に、思想検事の人脈は公職追放を免れた中堅以上の人物を中心に生き残りました。戦前、ゾルゲ事件を担当した吉河光貞などは、法務府特別審査局長として団体等規正令の運用にあたりました。1950年代半ばには、追放されていた多くの検事が復帰し、戦前の「思想検察」は戦後の「公安検察」へと姿を変えました。

岸本義広、田中耕太郎最高裁判所長官の「治安維持の一翼」を担う方針の下、池田克が最高裁判事に任用され、松川事件や国鉄檜山事件などの「公安事件」で厳しい判断を下しました。現在の「公安検察」は、公安警察が送検した事件の立件可否を判断する役割を担っており、近年では極左暴力集団によるゲリラ事件の減少に伴い、薬物事件や暴力団などの組織犯罪も扱うようになっています。

まとめ

思想検事は、戦前から戦後にかけて日本の治安維持体制において重要な役割を果たしました。その活動は、当初の思想犯罪を取り締まるという目的から、次第に思想や信条そのものを取り締まるという予防的な役割へと拡大していきました。戦後の公安検察は、戦前の思想検察の系譜を引き継ぎながら、新たな社会情勢に対応し、その役割を変化させてきました。

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