性的対立

性的対立（セクシュアル・コンフリクト）

性的対立とは、有性生殖を行う動物や植物などの生物において、雌（メス）と雄（オス）の間で、自己の遺伝子を次世代に効率的に残すための繁殖戦略が異なる場合に生じる、進化上の軋轢や対立関係を指します。「性的葛藤」と訳されることもあります。この対立は、多くの場合、両性間に継続的な進化的な「軍拡競争」を引き起こす要因となります。かつては生物の雌雄関係は種の存続のために協力的であると考えられていましたが、種の保存という考え方が誤りであると明らかになり、個々の個体や遺伝子に焦点を当てた選択理論が提唱されたことで、異性間における進化的な利害の衝突という側面が明らかになりました。

この進化的な対立の様相は、主に二つのカテゴリーに分けられます。

異なる遺伝子座間での対立

異なる遺伝子座に存在するオスの対立遺伝子とメスの対立遺伝子が、しばしば利害の衝突を抱えることがあります。これは、子の世話の分担や、配偶の頻度などを巡る対立として顕在化することがあります。特に、オスはより多くの相手と配偶することで、より多くの子孫を残せる可能性が高まるため、多くの種でメスよりも最適な配偶頻度が高い傾向にあります。そのため、オスはメスとより頻繁に配偶するための様々な適応形質を発達させてきました。よく研究されている例として、キイロショウジョウバエのオスの精液があります。この精液には、メスの産卵率を高めると同時に、メスが他のオスと再配偶しようとする欲求を低下させる効果があることが知られています。これは先に配偶したオスの繁殖上の利益を保護する働きをしますが、同時にメスにとっては有害であり、寿命や全体的な適応度を低下させる副作用があります。

同一遺伝子座に基づく対立

同一の遺伝子座に存在する遺伝子であっても、それがオスとメスで発現する際に、それぞれにとって最適な形質や適応度が異なる場合があります。性別によって同じ遺伝子の最適なあり方が異なるために生じる対立です。人間における古典的な例として、腰の大きさが挙げられます。女性は出産という生理機能のために、男性よりも広い骨盤、すなわち大きな腰を必要とします。腰のサイズに影響を与える遺伝子群は、男性にとっての最適サイズと女性にとっての最適サイズの間で妥協点を見つけなければなりません。場合によっては、性別によって遺伝子の発現を全く異なるように制御することでこの問題を回避しているケースもあると考えられますが、多くの形質の進化がこのような同一遺伝子座上の対立によって大きな制約を受けているという証拠が見つかっています。

進化的な軍拡競争と非対称性

性的対立は、しばしば非対称で、拮抗的な共進化を引き起こす可能性があります。一般的に、一方の性（多くの場合はオス）は相手を「操作」するための形質を進化させやすく、もう一方の性（メス）はそれに対抗するための形質を進化させやすい傾向があります。例えば、マメゾウムシの一種であるCallosobruchus maculatusのオスは、棘状の突起を持つ性器を持っています。これは、配偶中にメスが逃げるのを防ぎ、長時間にわたって精子を送り続けることを可能にすると考えられています。しかし、この棘はメスに物理的なダメージを与え、メスの適応度を低下させます。これに対し、メスは配偶中にオスを蹴るなどの行動を発達させ、配偶時間を短縮することでこのダメージに対抗する適応を進化させています。

一部の研究者は性的対立を性選択の特殊な形態と見なしていますが、他の研究者はこれを性選択とは区別される独立した進化プロセスとして捉えることを提案しています。

具体的な例：子殺し

性的対立の具体的な発現として、多くの種で見られる子殺し（infanticide）があります。これは、大人の個体が同種の若い個体や卵を殺す行動です。自分の子かどうかを識別せずに食べるケースもありますが、性的対立は子殺しの一般的な原因の一つとして知られています。多くの場合はオスによって行われますが、レンカクのようにメスが行う例も報告されています。よく研究されているのは脊椎動物で、ハヌマンラングール、マウス、イエスズメ、ライオンなどが代表的ですが、無脊椎動物でも見られます。例えば、クモの一種であるStegodyphus lineatusのオスは、メスの巣に侵入して卵嚢を破壊します。この種のメスは生涯で一度しか産卵しないため、これはメスの繁殖成功を著しく損ない、激しい闘争を引き起こします。レンカクでは、オスが子育てを行うため、オスがメスにとって希少な繁殖資源となります。この場合、メスがオスの巣に侵入し、その巣にいる雛を殺すことで、オスが新たな子育てを始める状況を作り出し、そのオスと繁殖する機会を得ようとします。

このような行動は、犠牲となる性の側に、それに対抗するための適応を進化させ、両性にとって負担となる可能性があります。そのため、異性の接近によって妊娠を中断するなど、犠牲を最小限に抑えるような適応を発達させた種も存在します。マウスでは、見慣れないオスの匂いを嗅いだメスが妊娠を中断する現象が知られており、「ブルース効果」と呼ばれています。

関連する概念

性的対立は、以下のような他の進化生物学的な概念とも関連が深いです。

ゲノムインプリンティング
イントラゲノミックコンフリクト
親子の対立
赤の女王仮説
生殖的隔離
性染色体
* 性的二形

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