恵萼

恵萼（えがく）：日中を繋いだ平安時代の僧

恵萼（生没年不詳）は、平安時代前期に活躍した僧侶です。惠蕚、慧蕚、慧鍔、慧諤など、様々な漢字表記が見られます。

生涯：断片的な記録から浮かび上がる足跡

恵萼の生涯は、日本と中国の文献に断片的に記録されているのみで、不明な点も少なくありません。

嵯峨天皇の皇后であった橘嘉智子は、禅の教えを日本にもたらすことを願っていました。恵萼はその命を受け、弟子と共に唐へ渡りました。会昌元年（841年）には五台山に到着し、嘉智子皇后からの贈り物（宝幡や鏡奩など）を届け、日本へ渡る僧侶を求めました。その後も毎年のように五台山へ巡礼していましたが、会昌の廃仏によって還俗を余儀なくされました。

恵萼の求めに応じ、唐からは義空が来日しています。また、恵萼は蘇州の開元寺で「日本国首伝禅宗記」という碑を刻ませて日本へ送りました。この碑は羅城門の傍に建てられましたが、後に羅城門が倒壊した際に下敷きとなり、破損したと伝えられています。

白氏文集との関わり

白居易は自ら『白氏文集』を校訂し、各地の寺院に奉納していました。恵萼はそのうち、蘇州の南禅寺にあったものを会昌4年（844年）に筆写させ、日本へ持ち帰りました。この恵萼が持ち帰った『白氏文集』をもとにして、鎌倉時代に筆写された金沢文庫旧蔵本の一部が日本各地に残っています。これらの写本の跋や奥書には、恵萼がもたらした本であることが記されています。金沢文庫本は、『白氏文集』の本来の姿を知る上で非常に貴重な資料となっています。

普陀山の伝説と不肯去観音

恵萼は、浙江省の普陀山における観音菩薩信仰に関する伝説にも登場します。この伝説は時代が下った後のもので、中国では『仏祖統紀』（13世紀）、日本では『元亨釈書』（14世紀）に初めて記述が見られます。

伝説によれば、恵萼は大中12年（858年）に五台山から得た観音像（『仏祖歴代通載』では菩薩の画像）を日本へ持ち帰ろうとしました。しかし、普陀山の付近で船が動かなくなってしまいました。観音像を船から下ろしたところ、船は再び動き出したため、恵萼は普陀山に寺を建立し、その観音像を安置したと伝えられています。この観音像は、唐から外へ行こうとしなかったことから、「不肯去観音（ふこうきょかんのん）」と呼ばれるようになりました。

映画における恵萼

2013年に公開された中国映画『不肯去観音』では、中泉英雄が恵萼を、中野良子が橘太后を演じました。この映画は、恵萼と不肯去観音の伝説を題材としています。


恵萼は、日中間の文化交流に尽力した僧侶として、その名は歴史に刻まれています。彼の足跡を辿ることは、当時の国際的な文化交流の様子を知る上で貴重な手がかりとなります。

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