成瀬正一 (戦国武将)

成瀬正一

成瀬正一（なるせまさかず）は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将であり、徳川氏に仕えた人物です。三河成瀬氏の出身で、その生涯は波乱に満ち、徳川家の発展に大きく貢献しました。

生涯

武田家時代

永禄3年（1560年）頃、正一は徳川氏を出奔し、武田氏に仕官しました。第四次川中島の戦いでは、討ち取られた諸角虎定の首級を石黒五郎兵衛と共に奪還し、武田信玄から黒駒の地を恩賞として与えられました。この功績は、正一の武勇を示すものとして特筆されます。

徳川家帰参後

三河時代

様々な説がありますが、北条氏康からの誘いを断り（または一時的に仕えた後）、徳川氏に帰参しました。兄である成瀬正義と共に徳川家康に仕え、姉川の戦いや三方ヶ原の戦いに従軍しました。三方ヶ原の戦いでは、兄・正義が討ち死にする中、徒歩で家康を浜松城まで案内し、その忠義を示しました。戦後、正一は成瀬氏の家督を相続し、長篠の戦いでは大久保忠世の与力として、武田方の旗指物の識別や鉄砲隊の指揮を担当しました。かつての武田家での経験を活かし、情報官としての役割を担いつつ、鉄砲隊の指揮という特殊技能も発揮しました。この時の様子は、成瀬氏に伝わる長篠合戦図屏風に描かれています。また、この頃から日下部定好との連携が始まり、生涯にわたって続くことになります。

高天神城の戦いでは、天正8年（1580年）に日下部定好と共に小笠山・中村・能ヶ坂・火ヶ峰・獅子ヶ鼻・三井山の六砦間の連携を強化し、包囲網を完成させ、天正9年（1581年）に高天神城を落城させました。

天正10年（1582年）には、駿河侵攻の際に田中城攻略が行き詰まると、急遽呼び出され、山本帯刀（後の越後長岡藩家老）と共に依田信蕃に降伏を勧告し、大久保忠世への城引渡しを実現させました。

同年、武田氏が滅亡すると、織田信長による旧武田家臣への粛清、いわゆる「武田狩り」が始まりました。正一は、知己であった武田旧臣を遠江国の桐山に匿い、その命を救いました。

甲州時代

天正10年（1582年）に徳川家康が甲斐国を支配すると、正一は日下部定好とともに甲斐一国の奉行に任じられました。米倉忠継、折井次昌をはじめとする武川衆や大久保長安といった、以前から匿っていた武田旧臣の安堵状を家康から取り付け、徳川家に取り込みました。

天正13年（1585年）に石川数正が突如出奔し、豊臣秀吉に仕えたため、徳川家は従来の軍法をそのまま使うことができなくなりました。家康は正一に命じ、正一の与力となっていた武川衆による武田式軍法への変更を実施しました。この期間に、『旗下大番六備の作法の書』、『分国の仕置』、『法度の式目九十九箇条』、『軍伍』を徳川四奉行の市川家光と共に探し出しています。

大久保長安は徐々に頭角を現し、甲州時代初期には成瀬・日下部の両奉行体制でしたが、後期には成瀬、日下部、大久保の三奉行体制になっていました。井伊直政の赤備えには、正一と共に諸角虎定の首を奪還した石黒将監が加わっています。また、天正13年（1585年）に新設された根来組の組頭には、長男の正成が任じられました。根来鉄砲組師範の山口重政は、三男・正武の最初の舅にあたります。

関東討入後

家康の関東討入時には道案内を務め、その後、武蔵鉢形城の代官に任じられ、与力の武川衆と共に統治を行いました。天正20年（1592年）には、現存する秩父神社の本殿再建を行っています。秩父や八王子からは良質な石灰や木材が産出されるため、江戸城や城下の建設に必要な建材を、八王子の大久保長安と連携して供給しました。関ヶ原の戦いでは、日下部定好と共に徳川秀忠の旗奉行として従軍し、後に武蔵・近江に2,100石を与えられました。

晩年

関ヶ原の戦い後、伏見城留守居役に任じられ、元和元年（1615年）には家康から亀山城を与えられ諸侯に列するよう内示を受けましたが、これを辞退し、伏見で生涯を閉じました。

逸話

長篠の戦いで武田方の旗差物を識別した際、一つも間違えることがなかった。
「成瀬吉右衛門を訪ねるように」と立て看板を出しただけで、武田狩りの難を逃れていた武川衆をはじめとする旧武田家臣が正一を頼ってきた。
元和元年（1615年）に、家康から諸侯に列するようにとの内示を受けた際、「盈満を以って戒めと為す」という言葉を残し、辞退した。子供たちが過分に取り立てられていることを理由に、自身は大名にはならず、金銭を日下部定好をはじめとした仲間や配下と分け合った。
三男の正武切腹後、飫肥城に下る嫁の於仙と孫の虎之助が伏見に立ち寄り、面会を求めたが、家康に遠慮してこれを許さなかった。