戦争絵

戦争絵：浮世絵に描かれた戦いの記憶

戦争絵とは、幕末から明治時代にかけて描かれた浮世絵の一様式です。戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争など、当時の戦乱を題材とした作品を指します。単調な作品も少なくありませんが、見る者を鼓舞する迫力や勢い、戦場風景の美しさを追求した作品も存在し、当時の人々の戦争に対する意識を垣間見ることができます。

幕末動乱と浮世絵

江戸時代から、歴史や物語に登場する戦いは武者絵や合戦絵として浮世絵の題材となっていました。しかし、黒船来航以降の動乱は、戦争を現実のものとして人々に意識させます。江戸幕府は同時代の事件の出版を禁じていましたが、人々の欲求を完全に抑えることはできませんでした。そこで浮世絵師たちは、源平合戦や蒙古襲来といった過去の戦いを題材としながらも、当時の戦争をほのめかす趣向を凝らし、見る人の期待に応えました。歌川芳虎、月岡芳年、河鍋暁斎、歌川貞秀らが代表的な絵師として挙げられます。彼らは歌川国芳の影響を受け、大判三枚続の迫力ある画面構成や、風刺・諧謔、反骨精神を受け継ぎました。

西南戦争と錦絵新聞

明治維新を経て世の中が大きく変化する中、西南戦争が勃発します。当時流行していた錦絵新聞の流れに乗り、多くの戦争絵が制作されました。その数は300点とも500点近いとも言われています。月岡芳年や楊洲周延といった浮世絵師が多くの作品を手がけました。これらの錦絵は、西南戦争を「鹿児島征討」や「鹿児島戦争」と呼び、西郷隆盛を題材にしたものが多く見られます。西郷隆盛の人気と明治政府への不信感から、薩摩軍が格好良く、同情的に描かれる傾向がありました。

構図や絵画表現には西洋画法が取り入れられていますが、多くは幕末の武者絵の名残を残し、芝居がかった作風が特徴です。絵師たちは実際に戦場を見たのではなく、当時の新聞報道をもとに制作していました。当時の新聞報道は、現代のような中立的な視点や客観的な報道とは異なり、噂や伝聞なども含まれていました。そのため、錦絵も虚実ないまぜで描かれ、話を誇張した想像図も多く存在します。例えば、萩の乱を起こした前原一誠の弟とされる前原一格は架空の人物であり、薩摩軍の女隊も噂の域を出ません。出版条例により販売価格が表示されているのも、この時期の錦絵の特徴です。

日清戦争と浮世絵の隆盛

日清戦争は、戦争絵の一大ブームを巻き起こし、浮世絵史上最後の輝きとなりました。宣戦布告後、すぐに多くの絵草紙屋が戦争絵を出版し、大判三枚続の作品を中心に300点以上が出版されたと推定されています。対外的な戦争であったことや、国民的意識の高まりが背景にありました。浮世絵師たちはこぞって戦争絵を手がけ、大衆もこれを受け入れ、錦絵ブームを巻き起こしました。陸上戦だけでなく、軍艦同士の戦いや兵器の発達も新たな題材となり、小林清親や豊原国周といった絵師が活躍しました。

日露戦争と戦争絵の終焉

日露戦争でも戦争絵は描かれましたが、写真報道の時代となり、かつてのような人気を集めることはありませんでした。小林清親、尾形月耕、右田年英らが手がけましたが、制作点数は50点に満たないとみられています。西洋画法が用いられ、日本画のような淡い色彩を多用した作品が多く見られます。しかし、これは浮世絵が単なる絵画や写真の複製技術と化し、木版画としての個性を失うことを意味しました。日露戦争後、戦争絵は衰退し、昭和17年に三代目長谷川貞信が真珠湾攻撃を題材とした作品を出版した程度で、その役割を終えました。

戦争絵は、単なる戦争の記録にとどまらず、当時の社会情勢や人々の意識を反映した貴重な資料です。浮世絵という表現方法を通して、戦争という出来事をどのように捉え、伝えていたのかを知ることができます。

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