歌川貞秀

歌川貞秀：鳥瞰図と横浜絵の巨匠

歌川貞秀（うたがわ さだひで、1807年-1879年？）は、江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した、多才な浮世絵師です。初期には五雲亭貞秀という号を用い、戯作においては大海舎金龍、丹頂庵鶴丸、松亭寿山といった様々な名も使用していました。彼の名は、精緻な横浜絵やダイナミックな鳥瞰図、そして数々の合巻挿絵を通して、広く知られています。さらに、浮世絵の技法を用いた地図制作にも携わっており、橋本玉蘭斎という雅号も用いていました。

生涯と師事

貞秀は下総国布佐（現在の千葉県我孫子市）の生まれで、本名は橋本兼次郎、または橋本兼でした。若い頃は本所亀戸村亀戸天神前に住んでいましたが、安政末期から文久年間には横浜に移り住み、その後は深川御蔵前に居住していたと伝えられています。

彼の師は、浮世絵界の巨匠、初代歌川国貞（三代豊国）でした。14歳の時、文政9年（1826年）刊行の『彦山霊験記』の表紙絵を描いたとされていますが、それ以前の文政4年（1821年）に滝沢馬琴の弟子である岡山鳥作の滑稽本『ぬしにひかれて善光寺参拝』の挿絵を描いていたとする説もあります。その後も、十返舎一九の『諸国万作豆』や五柳亭徳升の『花軍菊水之巻』など、様々な版本の挿絵制作に携わり、才能を開花させていきました。文政11年（1828年）に国貞が建立した碑には、国貞門下の11名が刻まれていますが、その中に22歳の貞秀の名が4番目に記されていることからも、彼の才能が早くから認められていたことが分かります。

天保年間から幕末にかけて

天保年間（1830年-1844年）に入ると、美人画や芝居絵の制作が増え、さらに団扇絵、武者絵、風景画、肉筆画といった幅広い分野にも挑戦しました。読本や草双紙の挿絵も手がけており、歌川国貞や歌川国安らと共に『傾城水滸伝』の挿絵制作にも参加しています（天保6年、1835年刊）。

天保年間後半からは、独自の視点が光る鳥瞰図の制作を開始。「日本八景づくし」や「大江戸十景」といった作品に見られる俯瞰的な構図は、当時の浮世絵界において新鮮な試みでした。嘉永2年（1849年）の人気番付では、歌川国芳、歌川広重らと並び幕内に名を連ね、慶応3年（1867年）のパリ万博では歌川芳宗と共に浮世絵師の総代を務めるなど、その高い地位を確立しました。

幕末期には、美人画や役者絵に加え、横浜絵や開化絵を数多く制作しました。明治元年（1868年）の絵師番付「東京歳盛記」では、なんと第1位にランクインしています。

横浜絵と晩年

貞秀の残した横浜絵は100点以上にも及び、歌川芳虎、歌川芳員に次ぐ数です。しかし、その細密な描写と画面構成は、他の追随を許さない高い評価を得ています。代表作として、「御開港横浜大絵図」（安政6年、1859年）、「横浜開港見聞記」（文久2年、1862年）、「万象写真図譜」などが挙げられます。晩年の明治6年（1873年）には「小学譜誦十詩」の口絵を銅版画で制作しています。明治8年（1875年）には『文明開化道中袖かが見』の挿絵を描きましたが、それ以降の生涯については不明な点が多く、文化庁の文化遺産オンラインでは1879年（明治12年）没とされています。弟子についても、歌川秀輝が一人いるとされるのみで、詳細は分かっていません。

主要作品

貞秀の作品は、錦絵、肉筆画、版本挿絵など多岐に渡ります。代表的な作品には、「富士山真景全図」、「生写異国人物　亜墨利加女官　翫板遂之図」、「東海道名所之内横浜風景」、「横浜交易西洋人荷物運送之図」、「神奈川横浜港案内図絵」、「新橋鉄道館」、「築地ホテル館」などがあり、これらは現在でも多くの美術館や博物館に所蔵されています。

まとめ

歌川貞秀は、その時代を反映した多様な作品群を残した、実力派の浮世絵師でした。鳥瞰図という新しい表現に挑戦し、また、開国後の横浜の情景を克明に描いた横浜絵は、歴史的にも貴重な資料となっています。彼の作品は、近代日本の変遷を理解する上で、極めて重要な役割を果たしていると言えるでしょう。 彼の多様な作品群は、現在も多くの研究者や愛好家によって高く評価され、研究が続けられています。

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