歌川芳虎

歌川芳虎：幕末・明治の世相を映す浮世絵師

歌川芳虎（うたがわ よしとら、生没年不詳）は、江戸時代末期から明治時代中期にかけて活躍した浮世絵師です。歌川国芳の門人として、幕末から開化期にかけて歌川貞秀と並び、時代を代表する絵師の一人として知られています。

生涯

芳虎は、永島辰五郎（または辰之助、辰三郎）として生まれました。歌川を称し、一猛斎、孟斎、錦朝楼などの号を使用しました。嘉永3年（1850年）には南鞘町六左衛門店に住み、後に長谷川町、中橋松川町、明治期には神田鍛冶町6に居を構えたと記録されています。11歳で国芳に入門し、天保年間（1830年 - 1844年）頃から作画を始めました。

国芳が得意とした武者絵に才能を発揮し、役者絵においても錦昇堂版の役者大首絵など、力作を残しています。美人画、相撲絵、横浜絵など、幅広いジャンルで活躍し、幕末の浮世絵界を盛り上げました。特に相撲絵においては、国芳門下の中でも抜きん出て多くの作品を手がけています。

天保7年（1836年）から慶応年間にかけては、草双紙の挿絵も担当しました。天保8年または嘉永2年（1849年）に描いた錦絵「道外武者御代の若餅」は、徳川家康の天下取りを揶揄した落首を基に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を風刺的に描いた作品です。この作品は発覚後、版行差し止めとなり、芳虎自身も手鎖50日の処罰を受けました。この事件からも、師である国芳譲りの、芳虎の反骨精神がうかがえます。

安政5年（1858年）には、師である国芳から破門を言い渡されます。破門の理由は定かではありませんが、芳虎自身が絵師を廃業したいと申し出たことが、国芳から行事への書状によって伝えられています。しかし、実際には芳虎はその後も画業を続け、「芳虎」の名を捨てることはありませんでした。

慶応3年（1867年）のパリ万博では、歌川貞秀らと共同で「浮世絵画帳」を制作し、江戸美人を描きました。明治維新後も、錦絵や版本の挿絵を制作し、明治元年（1868年）には錦絵師番付で2位にランクインするなど、人気絵師としての地位を確立しました。

芳虎が最も得意としたのは、横浜絵や開化絵といった、当時の最新風俗を描いた分野でした。「武州横浜八景」や「万国づくし」などの作品を通じて、外国人や居留地の様子、そして「北亜墨利加洲」や「亜墨利加国」といった、当時の日本人には未知であった外国の風景を伝えました。明治時代に入ってからも、「当世十二時」シリーズで吉原の遊女を描く一方で、「蒸気車陸道通行図」のような鉄道を描いた錦絵や、「新聞名所」で洋風建築を描くなど、時代の変化を敏感に捉えた作品を制作しています。西南戦争を題材とした戦争画も手がけました。

明治6年（1873年）に国芳の十三回忌が行われた際、門人たちが三囲神社に建てた石碑には、破門されていたためか、芳虎の名前は刻まれていません。芳虎の作画期間は、現在のところ、錦絵では明治14年の「内国勧業博覧会内列品ノ図」、版本挿絵では明治15年（1882年）5月刊行の『楠公一代記』、『清正一代記』が最後とされており、その後の消息は不明です。

河鍋暁斎の『暁斎画談』には、芳虎が歌川芳員に暴力を振るう場面が描かれており、気性の荒い人物であったと伝えられています。門人には、永島春暁、歌川虎香がいます。

代表作品

芳虎は、多岐にわたるジャンルの作品を手がけました。以下に代表的な作品を挙げます。

版本挿絵:
『濡燕稲妻草紙』
『長壁狐妖婦奇談』
『桜紅葉命棧』
『小夜鵆白波草紙』
『扶桑名所名物集』
『童絵解万国噺』
『鐄花猫目鬘』
『金鈴善悪譚』
『藪鶯八幡不知』
錦絵:
「侠客本朝育之内」シリーズ
「四世市川小団次の武智十兵衛光秀」
「高須遊君地獄太夫染衣　五代目坂東彦三郎 薪水」
「坂東しうかの吉野屋治平娘おみつ他」
「新洞左衛門娘夕しで　坂東三津五郎」
「肉芝仙人妖術を授く図」
「庚申山の妖怪」
「三韓征伐之図」
「加藤清正朝鮮遠征船上の図」
「保元平治合戦源義朝白河殿夜討之図」
「紫野大徳寺信長公焼香図」
「摂州兵庫求女塚合戦」
「鹿児島暴徒出陣の図」
「筑前国天木町の暴党記」
「五色和哥　定家公」
「風流弥生月」
「当世十二時之内」
「道外武者　御代の若餅」
「道外上下見ノ図」
「諸病諸薬の戦い」
「麻疹養生之傳」
「麻疹後の養生」
「家内安全ヲ守十二支之図」
「隅田川雪見」
「東都名所八景之内」
「浅草金龍山広小路之図」
「東都芝浦之風景」
「亜墨利加国風船打上」
「蒸汽車陸道通行図」
「東都高縄蒸気車往来之図」
「東京八景之内」
「東京名所新橋之図」
「内国勧業博覧会内列品ノ図」
「美代崎乃秋の月」
「野毛乃晴嵐」
「横浜外国人遊行之図」
「亜墨利加人遊行酒盛」
「横浜之新港ニ五箇国之異人調練之図」
「万国づくし」
「五箇国之内　魯斉亜人」
「仏狼西国」
「北亜墨利加合衆国華盛都府之図」
「湊川大合戦之図」


歌川芳虎の作品は、メトロポリタン美術館など、国内外の美術館や博物館に所蔵されています。

参考文献

吉田漱　「国芳の書簡」　『浮世絵芸術』　日本浮世絵協会、1969年
日本浮世絵協会編　『原色浮世絵大百科事典』（第2巻）　大修館書店、1982年
吉田漱　『浮世絵の見方事典』　北辰堂、1987年
『歌川国芳とその一門展』太田記念美術館、1990年
* 山下弥生 「〈卒業研究〉 歌川芳虎」（日本女子大学文化学会編集 『文化学研究』第13号、2004年6月、pp.188-203）

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