教育令

教育令

教育令（明治12年9月29日太政官布告第40号）は、1872年（明治5年）に公布された学制（明治5年太政官布告第214号）の後継として定められた、教育に関する太政官布告です。本項目では、この教育令をさらに改正した第2次教育令（明治13年12月28日太政官布告第59号）および第3次教育令（明治18年8月12日太政官布告第23号）についても解説します。

概要

最初の教育令は、地方の長官（府県長官）が持つ権限を限定し、学区制を廃止する内容を含んでいました。国民の経済的な負担を考慮し、私立学校の設置を奨励し、就学に関する規定も緩和しましたが、これに対して多くの反対意見があがりました。そのため、翌1880年（明治13年）12月28日と1885年（明治18年）8月12日の二度にわたり改正が行われました。最終的に、1886年（明治19年）3月から4月にかけて、初代文部大臣の森有礼によって定められた一連の学校令（小学校令、中学校令、師範学校令など）の公布に伴い、教育令は廃止されました。

第1次教育令（明治12年）

公布の経緯

学制は、欧米の教育制度を手本として定められましたが、当時の日本の国情や民情、文化とは異なるため、全国一律に適用することが難しく、多くの課題が発生していました。学校の運営にかかる地方の財政的な負担も大きく、地方ごとの状況が十分に考慮されていませんでした。この状況を改善し、教育制度を円滑に進める必要があったため、文部省は1877年（明治10年）に文部大輔の田中不二麻呂を中心とする委員を設置し、学制の見直しを開始しました。その結果、学制に置き換わる形で教育令が公布されることになったのです。

公布までの流れ

• - 1877年（明治10年）：田中不二麻呂を中心とする委員が学制の改正作業に着手。
• - 1878年（明治11年）5月14日：新しい教育法案「日本教育令」の草案が作成され、奏上される。
• - 1878年（明治11年）5月23日：文部省が学制の施行規則であった小学教則や中学教則略などの諸規則の廃止を布達。
• - 1879年（明治12年）9月26日：太政官および元老院での審議・修正を経て裁可され、太政官布告第40号として「教育令」が公布される。

主な内容と特徴

• - 学制の中央集権的・画一的な性格を見直し、教育に関する権限を大きく地方の裁量に任せました。
• - 全文47条と、学制に比べて簡潔化されていました。これは、これに伴い各学校に関する詳細な規定を順次定める方針だったためです。
• - 学校の種類を小学校、中学校、大学校、師範学校、専門学校、その他各種学校に分類しました。
• - 特に初等教育環境の整備を重視し、条項の多くが小学校に関するものでした。
• - 学区制を廃止し、町村を小学校設置の単位としました。
• - 督学局や学区取締の定めをなくし、町村住民の選挙で「学務委員」を選出し、学校事務を管理させました。
• - 就学義務を学齢期のうち最低でも16ヶ月間とし、学校以外で普通教育を受ける手段があれば就学と認めるなど、就学義務を緩和しました。
• - 公立小学校の修業年限は8年としながらも、最低4年まで短縮を認め、年間4ヶ月以上の授業で良いとしました。
• - 私立小学校がある場合は、公立小学校を設置しなくても良いとされました。
• - 財政的に余裕のない地域では、巡回教員による方法も認められました。

このように地方の自由を重視したことから、第1次教育令は「自由教育令」とも称されました。

第2次教育令（明治13年改正）

改正の経緯

地方への権限委譲を大幅に進めた第1次教育令は、「自由教育令」と呼ばれましたが、その実施結果はかえって小学校教育の質の低下を招きました。地域によっては児童の就学率が減少し、経費節減のために廃校したり、校舎建築を中止したりする状況が発生していました。そのため、第1次教育令に対する強い批判が寄せられるようになったのです。

改正の流れ

• - 1880年（明治13年）12月9日：新たに文部卿となった河野敏鎌が改正準備を進め、改正案の原案を太政官へ提出。
• - 1880年（明治13年）12月28日：太政官および元老院での審議を経て、いくつかの修正が施され、太政官布告第59号として公布。

主な内容と特徴

• - 第1次教育令の地方自由方針から一転し、国による統制と政府の関与を基本方針としました。
• - 第1次教育令の条文に修正・削除を加え、3ヶ条を追加して全50条となりましたが、実質的な有効条文は44条でした。
• - 学校の種類に、従来の小学校、中学校、大学校、師範学校、専門学校に加え、農学校、商業学校、職工学校を追加しました。
• - 教育に関する重要な行政事項について文部卿（後の文部大臣）の認可を定め、府知事や県令（後の県知事）の権限を強めました。
• - 公立学校等の設置・廃止については、府県立は文部卿の認可、町村立や私立は府知事県令の認可が必要となりました。
• - 町村立や私立学校等の規則や教則等は、府知事県令が原案を作成し、文部卿の認可を得る必要がありました。
• - 各町村は府知事県令の指示に従い、単独または連合して学齢児童を十分に教育できる小学校を設置しなければならないと厳密に定めました。
• - 私立小学校を公立の代わりとする場合や巡回授業の場合も、府知事県令の認可が必要となりました。
• - 町村立学校の教員任免は学務委員の申請に基づき府知事県令が行い、俸給額も府知事県令が定めて文部卿の認可を得る必要がありました。
• - 就学義務を明確化し、小学校3年間とし、修了後もやむを得ない理由がない限り毎年就学するよう求めました。
• - 小学校の修業年限を3年以上8年以下とし、最低期間を3年に短縮しました。年間の授業日数を4ヶ月から32週以上に変更し、休日を除きほぼ通年で授業を行うべきものとされました。
• - 小学校の学科の最初に修身の科目を置きました。
• - 各府県に師範学校を設置する義務を明確にしました（第1次では「便宜に応じて設置」と曖昧でした）。
• - 追加された条項で、中学校や農学校、商業学校、職工学校等は府県が設置すべきものと規定しました。
• - 教員の資格に関する規定で、年齢18歳以上に加え、「品行に問題のある者は教員になれない」というただし書きが追記されました。
• - 国からの補助金に関する条項が削除されました（1881年（明治14年）6月限りで小学校や公立師範学校への国庫補助金が廃止されたため）。

関連する諸規則

第2次教育令の下で、様々な関連規則が定められました。

• - 小学校関連: 「小学校設置の区域ならびに校数指示方心得」（小学校の学区設定や設置基準）、就学督責規則の基準、1881年（明治14年）5月4日制定の「小学校教則綱領」（各府県の教則基準、初等科3年・中等科3年・高等科2年制、修身や日本歴史の重視）、教員免許や品行に関する規則などが整備されました。
• - 師範学校関連: 1881年（明治14年）8月19日制定の「師範学校教則大綱」（初等・中等・高等3課程）、1883年（明治16年）7月6日制定の「府県立師範学校通則」（目的、基準、管理規定）が定められました。
• - 中学校関連: 1881年（明治14年）7月29日制定の「中学校教則大綱」（小学校中等科卒を入学資格とし、初等中学科4年・高等中学科2年の二段階編成）、1884年（明治17年）1月制定の「中学校通則」（目的、設置、管理規定）が定められました。
• - 専門学校関連: 医学校、薬学校、農学校、商業学校などに関する通則が順次定められ、それぞれの質の向上や設置基準、分類が規定されました。

これらの規則により、教育内容や学校運営、教員資格に関する具体的な基準が詳細に定められました。

第3次教育令（明治18年改正）

改正の経緯

1880年（明治13年）の改正教育令（第2次）公布後、各府県で教育関連の様々な規則が整備され、小学校をはじめとする学校が発展しました。小学校では学年制が導入され、教科書も整備されました。しかし、特に地方では経済的な不況が続き、就学率の停滞が見られました。さらに、国庫補助金が廃止されたことで、教育費の支出に苦しむ地方が多く、経済的な困難が教育にも深刻な影響を与えました。このような状況を踏まえ、教育令は再び改正されることになりました。

主な内容と特徴

• - 主に経済的な不況に対応し、地方の教育にかかる費用を節減することを目的としました。
• - 条項をさらに簡略化し、全31条としました。
• - 小学校のほかに「小学教場」の設置を認め、地方の実情に合わせて簡素な普通教育を実施できるよう図りました。
• - 小学校および小学教場については、単に「児童に対し普通教育を行う場」と規定するにとどめ、具体的な学科の定めをなくしました。
• - 地域の実情に応じ、午前または午後の半日、あるいは夜間に2時間以上の授業を行うことが可能であると定めました。
• - 学務委員制度を廃止し、町村の学事事務は戸長が担うこととしました。
• - 学齢期の子供たちが小学校、小学教場、巡回授業のいずれか、またはそれ以外の方法で普通教育を受ける際の認可者を、郡区長から戸長へ変更しました。

この改正は、地方の財政難を考慮し、教育の実施方法に柔軟性を持たせる点に特徴がありました。

終焉

教育令は、学制に代わる日本の近代教育法制として制定され、二度の改正を経て実施されましたが、1886年（明治19年）に文部大臣森有礼によって学校令（小学校令、中学校令、師範学校令、帝国大学令など）が制定されたことに伴い、廃止されました。学制から教育令、そして学校令へと続くこれらの法令は、明治期の日本の教育制度が試行錯誤を重ねながら形成されていった歴史を示しています。

もう一度検索