文昭皇后甄氏

甄夫人：魏の初代皇帝・曹丕の妻、その生涯と伝説

甄夫人（しんふじん）は、後漢末から三国時代の魏にかけて生きた女性で、魏の初代皇帝・曹丕（文帝）の妻です。彼女は、曹叡（明帝）の生母であり、没後に文昭皇后を追贈されました。その美貌と聡明さ、そして悲劇的な生涯は、後世に多くの伝説を生み出しました。

生涯

甄夫人は、冀州中山郡毋極県（現在の河北省無極県）の出身で、父は上蔡県令を務めた甄逸です。甄氏は代々2千石の高官を輩出する家柄でした。幼い頃から聡明で、乱世にあって家族に質素な生活を説くなど、謹厳な性格の持ち主でした。

当初、袁紹の息子である袁煕の妻となりましたが、建安9年（204年）に曹操が鄴を攻略した際、曹丕に見初められ、妻として迎えられました。曹丕の寵愛を受け、曹叡と娘の東郷公主を産みます。しかし、曹丕の寵愛は次第に薄れ、郭貴嬪（後の郭皇后）らに移っていきました。

黄初元年（220年）に曹丕が皇帝に即位した後も、甄夫人は皇后に立てられることはありませんでした。さらに、献帝の娘たちが後宮に入ったこともあり、悲嘆した甄夫人は曹丕に恨み言を述べたことが、曹丕の怒りを買い、黄初2年（221年）に死を賜りました。

没後

甄夫人の死後、息子の曹叡は一時的に冷遇されましたが、後に皇太子に指名され、皇帝として即位します。曹叡は、即位後に母の名誉を回復し、皇后を追贈しました。諡号は「昭」とされ、その英知を称えました。また、甄氏の一族は厚遇され、甥の甄像は伏波将軍に任命されるなど、繁栄を極めました。太和4年（230年）には改葬され、朝陽陵とされました。現在も河南省安陽市に「甄皇后陵」と呼ばれる塚が残っています。

人物と伝説

正史には甄夫人の容姿に関する記述はありませんが、後世には洛水の女神である洛嬪のイメージと重ねられ、傾国の美女として語られるようになりました。また、曹操と曹植に慕われていたという伝説も存在します。

小説『三国志演義』では、「玉肌花貌」の美人として描かれ、その美しさが強調されています。蛇の動きを観察して考案したという奇抜な髪型「霊蛇髻」も有名です。

姑である卞夫人との関係は良好であったと伝えられています。曹丕が妻の任氏を廃そうとした際には、甄夫人が諫めたという逸話も残っています。

また、甄夫人が亡くなった時、曹丕は「青い気が地から立ち昇って天まで繋がる」という夢を見たという逸話も残されています。

後世には、水仙の花神として神格化され、民間信仰の対象となりました。

洛神賦との関係

曹植の代表作である『洛神賦』のモデルは甄夫人であるという説があります。この説によれば、曹植は甄夫人を慕っていましたが、結ばれることはありませんでした。甄夫人の死後、曹植は彼女を偲んで『感甄賦』を作ったとされています。後に、曹叡によって『洛神賦』と改名されました。

兄や姉の名は残っているものの、甄夫人自身の名は記録されていません。そのため、これらの劇では、『洛神賦』に因んで「甄宓」･「甄洛」などと名付けられています。

曹叡の出生に関する議論

一部の研究者の間では、曹叡の出生に関して、甄夫人の前夫である袁煕の子ではないかという説があります。この説は、曹叡が曹丕から冷遇されたことなどを根拠としていますが、一般的には明帝の没年齢の誤りであると解釈されています。

甄夫人は、その美貌と聡明さ、そして悲劇的な生涯によって、後世に語り継がれる女性となりました。彼女の存在は、三国時代の歴史に彩りを添えるとともに、人々の心に深く刻まれています。

もう一度検索