文藝時代

『文藝時代』は、1924年（大正13年）10月に金星堂から創刊された文芸雑誌です。この雑誌は、「宗教時代より文藝時代へ」というスローガンのもと、発起人である川端康成によって名付けられました。雑誌の創刊には、第一次世界大戦後のヨーロッパで起こったダダイスムや表現主義といった前衛芸術運動の影響が強くありました。

創刊の背景

20世紀初頭、ヨーロッパでは第一次世界大戦の混乱の中で、既成の価値観を否定するアバンギャルド系の芸術運動が盛んになりました。これらの運動は、1918年の大戦終結後、日本にも輸入され、文学界では、旧来の自然主義文学や客観主義とは異なる、新しい表現方法を模索する動きが起こりました。また、ロシア革命（1917年）の影響を受け、マルクス主義思想も流入し、社会変革を求める動きも文学に影響を与えました。このような時代背景の中、川端康成は、西欧のダダイズムや表現主義に触発され、新しい文芸の創造を目指すようになりました。

当時の文壇は、自然主義文学から、菊池寛のような通俗小説の作家も現れ、谷崎潤一郎のような作家が戯曲に意欲を見せるなど、変化の兆しが見え始めていました。一方で、プロレタリア[[文学]]が台頭し、文学は社会変革の手段としても意識され始めました。このような状況下で、菊池寛は『文藝春秋』を創刊し、新進作家の育成にも力を入れていました。

川端康成は、菊池寛の支援を受けつつも、既成の文壇に不満を抱き、横光利一らと新たな文学を模索しました。その結果、新進作家だけの雑誌を作りたいという機運が高まり、『文藝時代』の創刊に至りました。

『文藝時代』の創刊

『文藝時代』の創刊メンバーは、『文藝春秋』の同人であった新進作家を中心に構成されました。川端康成が中心となって同人を集め、横光利一、片岡鉄兵、中河与一などが参加しました。創刊号の同人には14名が名を連ねました。誌名は、川端の提案により「文藝時代」に決定し、出版は前衛的な新文学を出版していた金星堂に決まりました。

この雑誌は、既成文壇に対する反逆と、新しい文学の創造を目指していました。創刊の辞では、「新しい生活と新しい文藝」を会得することを目的とし、「宗教時代より文藝時代へ」という抱負を掲げました。これは、宗教が力を失った近代において、文芸が人々の精神的な支えとなることを願ったものでした。川端康成は、同人たちを薔薇の花束に例え、新しい時代の精神を文学で表現しようとしました。

新感覚派の誕生

『文藝時代』は、創刊号に掲載された横光利一の「頭ならびに腹」の独特な文体により注目を集めました。この作品は、それまでの自然主義文学には見られなかった、新しい感覚表現を特徴としていました。評論家の千葉亀雄は、この作品と、同人たちの作品の傾向から、「新感覚派の誕生」と評しました。

新感覚派の作品は、機械文明や都市生活のスピード感、リズム感を表現し、擬人化や奇抜な比喩、映画的な技法を取り入れました。横光の作品には、人間の内面を超えた物理的な力が、人間の運命を左右するというテーマが描かれました。また、川端は、自身の輪廻転生や万物一如の世界観を、前衛芸術の表現法と重ね合わせ、主客一体の宇宙観を表現しました。彼らは、ダダイスムの「発想法の破壊」から、新しい表現を導き出そうとしました。

新感覚派の表現は、従来の客観主義的な認識とは異なり、「百合の内にある私」というように、対象と自己が一体となった感覚を表現しようとしました。この表現法は、対象を立体的に鮮明にし、新しい感情を生み出すとされました。

文壇の騒動

『文藝時代』の創刊は、文壇内で様々な騒動を引き起こしました。菊池寛は、若手作家の独立を認めたものの、一部の同人は、菊池に対する批判を始めました。特に、今東光は、『読売新聞』で菊池を批判し、文壇を二分するような騒動に発展しました。直木三十三が『文藝春秋』に掲載した文士採点表を巡って、今東光と横光利一は激怒し、今東光は『文藝時代』を脱退する事態にまで発展しました。しかし、川端の説得により、横光は菊池との関係を修復し、結果的に『文藝時代』と『文藝春秋』の関係は以前よりも強固になりました。この騒動は、文壇の勢力図を大きく変動させました。

新感覚派映画聯盟

『文藝時代』の同人たちは、映画の世界にも進出しました。横光利一、川端康成、片岡鉄兵、岸田国士らは、映画監督の衣笠貞之助とともに、「新感覚派映画聯盟」を結成しました。彼らは、無字幕映画『狂つた一頁』を製作し、映画界にも大きな衝撃を与えました。この作品は、日本初のアバンギャルド映画として、世界映画史にも名を残しています。

『文藝時代』の終焉

しかし、『文藝時代』は、わずか3年足らずで終刊を迎えました。同人たちの多くが、他の商業雑誌でも活躍するようになり、『文藝時代』への寄稿が滞るようになりました。また、プロレタリア[[文学]]の台頭により、同人の一部が左傾化し、雑誌の方針に変化が生じました。売上げも低迷し、金星堂からの休刊の提案を受け入れ、1927年5月号をもって廃刊となりました。

文学史的な評価

『文藝時代』は、短命に終わったものの、文学史において重要な役割を果たしました。同誌は、既成の文学に対する反抗と、新しい文学の創造という明確な意志を持ち、その後の文学界に大きな影響を与えました。新感覚派の文学は、日本のモダニズム文学の先駆けとなり、昭和初期の文学に大きな影響を与えました。また、『文藝時代』の存在は、大正後期から昭和初期にかけての文学の大きな二つの潮流（新感覚派とプロレタリア[[文学]]）の形成に不可欠なものでした。高見順は、新感覚派が既成作家たちから批判されたことを述べ、「ともあれ、私たちは、あの『文藝時代』の創刊号をどんなに眼を輝かして手にしたことか」と回想しました。

伊藤整は、新感覚派を「その時代精神の文学における反映」と評し、日本文学が初めてヨーロッパの現代文学と歩調を合わせた、と位置づけました。また、平野謙は、『文藝時代』とプロレタリア[[文学]]は、既成文学への抵抗という点で、同床異夢的な共同戦線を張っていたと指摘しました。

『文藝時代』が作り出した気運は、その後の新たな芸術派のグループ結成や同人誌創刊にも影響を与え、春山行夫、北川冬彦、三好達治らによる1928年創刊の『詩と詩論』や、淀野隆三らによる1930年創刊の『詩・現実』の誕生にも繋がりました。

『文藝時代』は、大正から昭和への文学史の転換期を象徴する雑誌として、その名は文学史に刻まれています。

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