新アッシリア帝国の移住政策

新アッシリア帝国の強制移住政策：目的、規模、実態

新アッシリア帝国は、紀元前911年から紀元前609年まで存在した古代メソポタミアの強国です。その広大な領土を維持・統治するために、彼らは独特の政策を実施しました。それが強制移住、または「捕囚」と呼ばれる政策です。これは単なる懲罰ではなく、帝国の強化と安定化を目的とした、周到に計画された国家プロジェクトでした。

強制移住の目的

新アッシリア帝国における強制移住の主な目的は以下の通りです。

政治的安定化: 反乱の可能性のある人々を故郷から引き離し、帝国の支配を強化する。
経済的発展: 農業技術の普及や新たな土地の開発を促進する。
知識の集積: 征服地のエリート層をアッシリアの中心部に移住させ、帝国の知識と富を豊かにする。
反乱分子の排除と罰: 政治的敵対者への罰として、死刑執行の代わりに行った。

これらの目的を達成するため、アッシリアの王たちは大規模な人口移動を組織的に行いました。

強制移住の規模

歴史家のバスタネイ・オデドは、新アッシリア帝国が約250年間にわたり、約440万人（±90万人）もの人々を強制移住させたと推定しています。この数字は、当時の人口規模から考えると、非常に大きな規模であったことがわかります。

以下は、アッシリア王によって行われた強制移住の例です。

紀元前744年: ティグラト・ピレセル3世が、イランから65,000人をディヤーラー川地域に移送。
紀元前742年: ティグラト・ピレセル3世が、ヘメサ（シリア）から30,000人をザグロス山脈に移送。
紀元前721年: サルゴン2世が、サマリア（イスラエル）から27,290人を帝国各地に移送。
紀元前707年: サルゴン2世が、バビロニアから108,000人のカルデア人とバビロニア人を移送。
紀元前703年: センナケリブが、バビロンから208,000人を移送。

移住の実態と移住者の状況

アッシリア国家は、強制移住を可能な限り効率的に行うために、周到な計画と監督を行いました。移住者が無事に到着し、新しい環境に定着できるよう、食料、衣服、水、靴、油などの物資が提供されました。

移住者の社会的・法的地位は一様ではありませんでしたが、一般的には以下のような状況でした。

訓練を受けていない人々は奴隷として建築プロジェクトなどに従事させられた。
様々な専門職で働いていた人々は、経験してきた職種で働くように配置された。
農業従事者は、帝国内の他の農民と同様の地位で土地を割り当てられた。
職人、学者、商人など、高度な技能を持つ人々は、それぞれの専門知識を活かして働いた。
特に教育を受けた人々は王宮に配置された。

アッシリア人としてのアイデンティティを持ち、アッシリアの神々を信仰する意思のある人々は、アッシリア軍に加わることもできました。アッシリア国家は、強制移住者と先住民の混血を奨励し、新しい「アッシリア人」としてのアイデンティティを広めようとしました。

聖書の記述

新アッシリア帝国によるイスラエル人の強制移住は、旧約聖書にも「アッシリア捕囚」として記述されています。

紀元前734年: ティグラト・ピレセル3世がイスラエルの北部を占領し、多数のイスラエル人をアッシリア本土に移住させた（列王記下 15:29）。
紀元前722年: サルゴン2世がサマリアを占領し、27,280人を帝国各地に強制移住させた（列王記下 18:11-12）。

これらの記述は、アッシリアの強制移住政策が、古代イスラエルの歴史に大きな影響を与えたことを示しています。

まとめ

新アッシリア帝国の強制移住政策は、帝国の維持・統治のために行われた、大規模かつ組織的な人口移動でした。その目的は政治的安定化、経済的発展、知識の集積など多岐にわたりました。強制移住は、移住者の生活に大きな影響を与えただけでなく、古代イスラエルの歴史にも深く関わっています。

参考文献
Bertman, Stephen (2005). Handbook to Life in Ancient Mesopotamia. Oxford University Press.
Oded, Bustenay (1979). Mass deportations and deportees in the Neo-Assyrian empire. Wiesbaden: Dr. Ludwig Reichert Verlag.
* Radner, Karen (2012). "Mass deportation: the Assyrian resettlement policy". Assyrian empire builders. ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン.

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