日向薬師

神奈川県伊勢原市に佇む古刹、日向薬師

日向薬師は、神奈川県伊勢原市日向にある高野山真言宗の寺院で、本尊に薬師三尊を祀っています。かつては日向山霊山寺という大寺院でしたが、廃仏毀釈により多くの堂宇を失い、現在は霊山寺の別当坊であった宝城坊がその寺籍を継承しています。寺号は時代によって「霊山寺」「宝城坊」と変遷しましたが、中世以降は薬師如来の霊場として「日向薬師」の名で広く知られています。

歴史

日向薬師、旧名日向山霊山寺は、関東屈指の古刹であり、薬師如来信仰の中心地として栄えてきました。本尊の薬師三尊像は、平安時代前期に作られた鉈彫りの様式を今に伝えます。宝物殿には、阿弥陀如来や四天王、十二神将など、多くの仏像が安置されています。これらの仏像群を含め、国や県、市指定の文化財を多数所蔵しています。

柴折薬師（高知県）、米山薬師（新潟県）と共に「日本三薬師」に数えられることもあり、また、峰の薬師（相模原市）、高尾山薬王院、新井薬師と共に「武相四大薬師」として信仰を集めています。一時、勅願寺となった時代もあり、江戸時代末期には12もの坊を擁していたと伝えられています。

寺伝によれば、霊亀2年（716年）に行基が開山したとされていますが、境内の発掘調査では奈良時代の遺構は発見されておらず、実際の創建は10世紀頃と推定されています。しかし、寺に残る梵鐘（1340年鋳造）の銘文や、鎌倉時代の史書『吾妻鏡』にも行基が開山したとの記述があり、古くから行基草創の寺として認識されていたことが分かります。梵鐘の銘文によると、952年に村上天皇から梵鐘を賜ったものの、損傷したため1153年と1340年に改鋳されたとあります。本尊の薬師三尊像も10世紀頃の作と推定されており、この頃に霊山寺の伽藍が整備されたと考えられています。

日向薬師に関する文献上の初出は、平安時代の歌人・相模の歌に「さして来し日向の山を頼む身は目も明らかに見えざらめやは」と詠まれたものが挙げられます。この歌から、平安時代後期には霊場として栄えていたことが伺えます。また、『吾妻鏡』には、源頼朝の妻・北条政子の安産祈願や、頼朝自身が大姫の病気平癒祈願のために参詣したとの記録が残っています。近世の地誌『新編相模風土記稿』によれば、当時、日向薬師には13の坊が存在し、神仏習合の信仰が行われていたことが分かります。

明治時代の廃仏毀釈によって多くの坊舎が失われ、現在では本堂、鐘堂、仁王門などが残るのみとなりました。現在は、霊山寺の別当坊であった宝城坊が寺籍を継ぎ、日向薬師として信仰を集めています。特に眼病に霊験があるとされ、また豊かな自然環境から、ハイキングコースや心の安らぎの場として多くの人に親しまれています。

境内

日向薬師は、東丹沢の懐、日向川の谷戸に位置し、雑木林に囲まれた里山の中にあります。境内には樹齢800年と推定される幡かけ杉をはじめ、ケヤキやタブノキなどの自然林が広がっています。周辺の山林は保健保安林として保全され、「日向薬師の森」として親しまれています。春は新緑、秋は紅葉が美しく、多くの人々が自然を満喫しています。

本堂（薬師堂）

「宝城坊本堂」として国の重要文化財に指定されている本堂は、霊山寺の本堂を宝城坊が引き継いだものです。幾度かの改修を経て、万治3年（1660年）に修造されたものが現存しています。寄棟造、茅葺で、柱や梁には旧本堂の古材が再利用されています。2011年からは約5年をかけて大規模な修理が行われました。

宝物殿

本堂の左手に位置する宝物殿には、平安時代から鎌倉時代にかけて造立された重要文化財の仏像が安置されています。本尊の薬師三尊像もここに納められていますが、秘仏として特定の日にのみ開帳されます。宝物殿には、薬師如来坐像、日光・月光菩薩立像、阿弥陀如来坐像、四天王立像、十二神将立像などが安置されており、いずれも鎌倉時代の作で重要文化財に指定されています。

薬師三尊像

本尊の薬師三尊像は、鉈彫りの技法を用いた仏像の代表作です。薬師如来像は116.7センチ、脇侍の日光菩薩、月光菩薩はそれぞれ123.3センチと123.9センチです。鉈彫りは、ノミの跡を意図的に残すことで独特の風合いを出す技法で、この三尊像は10世紀末から11世紀初めの作とされ、鉈彫りの仏像としては最古に属します。薬師如来像の面相部は細部にこだわらず大らかな作風を示す一方、両脇侍像はより入念にノミの跡が整えられています。毎年、正月三が日、1月8日、4月15日に開扉されます。

その他

虚空蔵菩薩像はかつて奥の院に祀られていましたが、現在は境内の霊樹の中に移されています。宝城坊鐘堂には、1340年の銘がある銅製の梵鐘が国の重要文化財として指定されています。鐘堂は後に再建されたもので、宝暦13年（1763年）の銘が見つかっています。幡かけ杉は、関東管領足利基氏が幡をかけて平和と五穀豊穣を祈ったと伝えられる樹齢800年の古木で、県指定天然記念物です。参道は、仁王像が立つ山門から本堂まで約500mの石組み階段が続き、心地よい散策を楽しむことができます。

文化財

日向薬師には、本堂、旧本堂内厨子、薬師三尊像、阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、日光・月光菩薩立像、四天王立像、十二神将立像、獅子頭2面、梵鐘など、多くの重要文化財が指定されています。

周辺

日向薬師の周辺には、日向山、神奈川県立自然保護センター、七沢森林公園、七沢温泉、広沢寺温泉などの観光スポットがあります。また、日陰道は、日向川沿いの里山風景を楽しめる道で、彼岸花の季節には多くの人が訪れます。日向薬師は、関東ふれあいの道や登山道の起点・終点にもなっており、東丹沢や大山への登山を楽しむ人々にも利用されています。

アクセス

小田急小田原線伊勢原駅から、神奈川中央交通バスで終点「日向薬師」まで行き、そこから徒歩約15分で本堂に到着します。

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