日本たばこ産業広島工場
日本たばこ産業広島工場は、広島市南区に位置していた、かつて存在した日本たばこ産業（JT）のたばこ製造工場です。その歴史は古く、明治から大正初期にかけて大蔵省専売局のたばこ工場として建設された施設を前身とし、戦後は日本専売公社、そして民営化に伴い日本たばこ産業の工場として操業を続けましたが、現在は閉鎖されています。
広島県におけるたばこ葉の栽培は、江戸時代から県東部を中心に盛んに行われていました。元和元（1615）年には備後国神石郡で「備後葉」の栽培が始まり、元禄年間（1688～1704年）には安芸国沿岸部で試植されたたばこ葉が「三原葉」と呼ばれるようになります。たばこ専売制度が初期段階にあった頃、専売業務の拠点はたばこ葉の産地に近い府中や尾道に置かれ、広島市内には出張所が設置されるに留まっていました。広島市内での本格的な始まりは、1897年（明治30年）に段原町に開設された「広島二等葉煙草専売所」に遡ります。組織改編を経て、1905年（明治38年）には「府中煙草製造所広島分工場（段原工場）」が開設されます。
しかし、段原工場は当初設備が十分ではなかったため、一部の製造は民間に委託されていました。この状況を改善すべく、1908年（明治41年）に分工場の増設が決定し、皆実町の陸軍用地が新たな候補地となります。1912年（大正元年）に「府中煙草製造所皆実分工場」の開設が正式に決まり、1920年（大正9年）に着工、1924年（大正13年）に竣工しました。皆実工場は最新鋭の設備を備え、国内でも有数の専売局工場として稼働し、これにより製造の全面直営化が実現しました。1913年（大正2年）には組織再編により「広島専売支局」に昇格し、尾道支局の機能を移管。広島県全域に加え、愛媛・山口の一部地域を管轄し、たばこだけでなく塩や樟脳の専売も取り扱うようになります。1921年（大正10年）には「広島地方専売局」に改編され、名実ともに専売業務の主要拠点となりました。この頃、段原にあった地方局事務所も皆実へ移転し、段原工場は1930年（昭和5年）に廃止され、以降は倉庫として利用されました。
近代の工場では、多くの女性職工が働いており、1926年（大正15年）時点では男性391人に対し女性1,379人と女性が圧倒的に多数を占めていましたが、平均賃金には大きな差がありました。製造品目は時代と共に変化し、1929年（昭和4年）頃には刻たばこや「敷島」「朝日」「ゴールデンバット」といった巻きたばこを製造していた記録が残っています。交通の便も整備され、大正時代には工場の近くに軍事国道の一部が計画され大正橋が架けられたほか、広島電鉄宇品線や皆実線が開通し、市内中心部や広島駅とのアクセスが向上しました。
1945年（昭和20年）8月6日、広島市への原子爆弾投下により、皆実工場も大きな被害を受けました。爆心地から約2.28kmの距離にあった工場は、爆風により窓ガラスが全て破損し、屋根瓦にも一部被害が出ましたが、鉄筋コンクリート造りの建物自体は倒壊を免れました。事務所や製造工場は比較的無事でしたが、敷地の北側にあった木造倉庫の一棟から自然発火が発生し、消火にあたる人員が不足していたため、その火は付近の複数の倉庫や敷地内にあった広島電鉄家政女学校の木造校舎・寮を焼き尽くしました。人的被害も甚大で、即死者1名を出すとともに、約800名が負傷しました。負傷者の中には、工場で作業にあたっていた動員学徒や女子挺身隊のメンバーも多数含まれていました。しかし、多くの職員が室内で作業していたため、窓ガラスによる負傷を除けば比較的重傷者は少なかったとされています。被爆後、工場の一部が救護所や収容所として活用され、無事だった職員が救護活動にあたりました。
終戦後、工場は早期の業務再開を目指し、同年10月頃には工場の一部を使用して手巻きたばこや「ゴールデンバット」の製造を再開しました。
1949年（昭和24年）に大蔵省から分離独立して日本専売公社が発足すると、工場はその管轄下に入ります。1985年（昭和60年）の民営化により、日本たばこ産業（JT）の工場となりました。敷地内には、後に猫田記念体育館やJTサンダーズの合宿所、スポーツクラブなどが整備されました。
たばこ需要の減少を受け、JTは国内工場の再編を進め、2002年（平成14年）に広島工場を含む8工場の閉鎖を発表しました。閉鎖後、JTは跡地の利用について検討を開始。当初は土地売却も検討されましたが、賃貸による企業誘致へと方針を転換しました。小売業者への公募の結果、イズミの誘致が決定し、かつて工場があった広大な敷地には、2008年に大型商業施設「ゆめタウン広島」が開店しました。現在も土地・建物はJTの所有となっており、敷地内にあった猫田記念体育館などの施設はそのまま残されています。
専売局の官製工場という特性から福利厚生が充実しており、戦前から工場では部活動が盛んに行われていました。特にバレーボール部は有名で、大正時代末に創部された女子チームは戦前に全国大会で連覇を達成するなどの強豪でした。その練習相手として始まった男子バレーボール部は、戦後に大きく台頭し、現在もJTサンダーズとして活動を続けています。野球部も活動記録があり、1932年（昭和7年）には日米野球でアメリカのプロチームに勝利するという記録も残っています。また、後にプロ野球選手となった人物も輩出しています。その他、サッカー部や卓球部なども活動していました。
日本たばこ産業広島工場は、たばこ産業の歴史、専売制度の変遷、そして広島の近代史や被爆、戦後の復興、さらには地域開発といった多岐にわたる側面に関わった、広島にとって重要な存在でした。その役割を終えた今も、跡地や関連施設は地域社会に活用されています。
工場の設立と発展
広島県におけるたばこ葉の栽培は、江戸時代から県東部を中心に盛んに行われていました。元和元（1615）年には備後国神石郡で「備後葉」の栽培が始まり、元禄年間（1688～1704年）には安芸国沿岸部で試植されたたばこ葉が「三原葉」と呼ばれるようになります。たばこ専売制度が初期段階にあった頃、専売業務の拠点はたばこ葉の産地に近い府中や尾道に置かれ、広島市内には出張所が設置されるに留まっていました。広島市内での本格的な始まりは、1897年（明治30年）に段原町に開設された「広島二等葉煙草専売所」に遡ります。組織改編を経て、1905年（明治38年）には「府中煙草製造所広島分工場（段原工場）」が開設されます。
しかし、段原工場は当初設備が十分ではなかったため、一部の製造は民間に委託されていました。この状況を改善すべく、1908年（明治41年）に分工場の増設が決定し、皆実町の陸軍用地が新たな候補地となります。1912年（大正元年）に「府中煙草製造所皆実分工場」の開設が正式に決まり、1920年（大正9年）に着工、1924年（大正13年）に竣工しました。皆実工場は最新鋭の設備を備え、国内でも有数の専売局工場として稼働し、これにより製造の全面直営化が実現しました。1913年（大正2年）には組織再編により「広島専売支局」に昇格し、尾道支局の機能を移管。広島県全域に加え、愛媛・山口の一部地域を管轄し、たばこだけでなく塩や樟脳の専売も取り扱うようになります。1921年（大正10年）には「広島地方専売局」に改編され、名実ともに専売業務の主要拠点となりました。この頃、段原にあった地方局事務所も皆実へ移転し、段原工場は1930年（昭和5年）に廃止され、以降は倉庫として利用されました。
近代の工場では、多くの女性職工が働いており、1926年（大正15年）時点では男性391人に対し女性1,379人と女性が圧倒的に多数を占めていましたが、平均賃金には大きな差がありました。製造品目は時代と共に変化し、1929年（昭和4年）頃には刻たばこや「敷島」「朝日」「ゴールデンバット」といった巻きたばこを製造していた記録が残っています。交通の便も整備され、大正時代には工場の近くに軍事国道の一部が計画され大正橋が架けられたほか、広島電鉄宇品線や皆実線が開通し、市内中心部や広島駅とのアクセスが向上しました。
原爆の被害と復旧
1945年（昭和20年）8月6日、広島市への原子爆弾投下により、皆実工場も大きな被害を受けました。爆心地から約2.28kmの距離にあった工場は、爆風により窓ガラスが全て破損し、屋根瓦にも一部被害が出ましたが、鉄筋コンクリート造りの建物自体は倒壊を免れました。事務所や製造工場は比較的無事でしたが、敷地の北側にあった木造倉庫の一棟から自然発火が発生し、消火にあたる人員が不足していたため、その火は付近の複数の倉庫や敷地内にあった広島電鉄家政女学校の木造校舎・寮を焼き尽くしました。人的被害も甚大で、即死者1名を出すとともに、約800名が負傷しました。負傷者の中には、工場で作業にあたっていた動員学徒や女子挺身隊のメンバーも多数含まれていました。しかし、多くの職員が室内で作業していたため、窓ガラスによる負傷を除けば比較的重傷者は少なかったとされています。被爆後、工場の一部が救護所や収容所として活用され、無事だった職員が救護活動にあたりました。
終戦後、工場は早期の業務再開を目指し、同年10月頃には工場の一部を使用して手巻きたばこや「ゴールデンバット」の製造を再開しました。
戦後から閉鎖、そして現在へ
1949年（昭和24年）に大蔵省から分離独立して日本専売公社が発足すると、工場はその管轄下に入ります。1985年（昭和60年）の民営化により、日本たばこ産業（JT）の工場となりました。敷地内には、後に猫田記念体育館やJTサンダーズの合宿所、スポーツクラブなどが整備されました。
たばこ需要の減少を受け、JTは国内工場の再編を進め、2002年（平成14年）に広島工場を含む8工場の閉鎖を発表しました。閉鎖後、JTは跡地の利用について検討を開始。当初は土地売却も検討されましたが、賃貸による企業誘致へと方針を転換しました。小売業者への公募の結果、イズミの誘致が決定し、かつて工場があった広大な敷地には、2008年に大型商業施設「ゆめタウン広島」が開店しました。現在も土地・建物はJTの所有となっており、敷地内にあった猫田記念体育館などの施設はそのまま残されています。
工場と部活動
専売局の官製工場という特性から福利厚生が充実しており、戦前から工場では部活動が盛んに行われていました。特にバレーボール部は有名で、大正時代末に創部された女子チームは戦前に全国大会で連覇を達成するなどの強豪でした。その練習相手として始まった男子バレーボール部は、戦後に大きく台頭し、現在もJTサンダーズとして活動を続けています。野球部も活動記録があり、1932年（昭和7年）には日米野球でアメリカのプロチームに勝利するという記録も残っています。また、後にプロ野球選手となった人物も輩出しています。その他、サッカー部や卓球部なども活動していました。
日本たばこ産業広島工場は、たばこ産業の歴史、専売制度の変遷、そして広島の近代史や被爆、戦後の復興、さらには地域開発といった多岐にわたる側面に関わった、広島にとって重要な存在でした。その役割を終えた今も、跡地や関連施設は地域社会に活用されています。
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