日本の金貨

日本の金貨：近代貨幣制度の象徴

日本の金貨は、日本の貨幣史において重要な役割を果たしてきました。この記事では、明治時代以降に発行された本位金貨を中心に、その歴史的背景、デザイン、変遷、流通状況について詳しく解説します。大判、小判、記念金貨については、それぞれ別の項目で扱います。

金貨発行の背景

明治政府は、幕末の混乱した貨幣制度を刷新するため、西洋式の貨幣制度を導入しました。明治3年（1870年）に香港と英国から鋳造機を導入し、銀貨の鋳造を開始しました。翌明治4年（1871年）からは金貨の鋳造・発行も始まりました。初期の金貨デザインは、当初英国に委託される予定でしたが、彫金師・加納夏雄の龍のデザインが採用されました。これは、西洋諸国の君主が貨幣に肖像を刻む慣習とは異なり、日本では天皇を表す龍の図案が選ばれたことによります。また、裏面には天皇と皇室の紋章である菊紋と桐紋があしらわれています。

当初、金貨は表面に龍のデザイン、裏面に菊花紋章がありましたが、新金貨ではデザインが変更され、表面に菊花紋章、裏面に日章と八稜鏡が配されるようになりました。これは、当時の中国が龍図案の硬貨を発行していたことへの配慮からでした。なお、造幣局の内規では、旧金貨は龍図が表、新金貨は日章が裏と定められています。

歴史的経緯

造幣局設置まで

幕末期、金銀貨の改鋳や偽造貨幣の横行により貨幣制度は混乱を極めていました。明治新政府は、国際的な信用を得られる貨幣を発行するため、造幣局の設立を決定しました。明治元年（1868年）に香港から造幣機械を購入し、英国人技師を招いて西洋式貨幣の製造準備を進めました。また、旧貨幣の分析を行い、新貨幣との交換比率を定め、回収・改鋳を進めました。当時の国際通貨であったメキシコ銀に基づいた銀本位制が有力でしたが、伊藤博文の主張により金本位制が採用されました。その結果、1ドル金貨に近い質量の1円金貨が発行されることになりました。

新貨条例の制定

明治4年（1871年）に新貨条例が公布され、1円金貨を原貨とする金本位制が確立しました。これにより、純度90%の1、2、5、10、20円金貨が鋳造・発行されました。金貨は法貨として無制限通用とされ、自由鋳造も認められました。一方、1円銀貨は貿易専用とされ、国内では法貨とされませんでした。

事実上の銀本位制

明治10年代には、金貨の海外流出や自由鋳造の衰退により、金貨の製造が減少しました。代わりに1円銀貨の製造が増加し、明治11年（1878年）には国内でも無制限の法貨と認められ、事実上の金銀複本位制となりました。しかし、金貨の流通はほとんどなく、事実上銀本位制の状態でした。その後、銀相場の下落に伴い、円の価値が下落し、本格的な金本位制への移行が求められるようになりました。

貨幣法の制定

明治30年（1897年）、新たな貨幣法が施行され、金平価が半減されました。これにより、新貨条例で発行された旧金貨は額面の2倍の価値を持つことになりました。新しい基準で5、10、20円金貨が鋳造されましたが、1円金貨は小さすぎるため発行が見送られました。この法律により、長年流通していた1円銀貨は廃止されることになりました。

金本位制の停止

第一次世界大戦の影響で、大正6年（1917年）に金貨の輸出が制限され、事実上金本位制は停止しました。昭和5年（1930年）に金解禁が行われましたが、円相場の下落により多額の金が流出し、翌年には再び兌換停止となりました。その後、金平価は切り下げられ、第二次世界大戦後のインフレを経て、国際的な金・ドルレートにペッグされました。しかし、有名無実化した貨幣法は、昭和63年（1988年）まで生き続けました。なお、本位金貨は、法令上は現行通貨でしたが、昭和63年（1988年）に廃止されました。

財務省による保管金貨の放出

第二次世界大戦中に国民が供出した金貨は、財務省に保管されていましたが、平成17年（2005年）から平成20年（2008年）にかけて競売にかけられました。大量の金貨が市場に出回ったため、コレクション市場の価格は大幅に下落しました。

明治時代のプルーフ硬貨

造幣局にはプルーフ硬貨の公式記録はありませんが、初期の貨幣製造には英国人技師が関わっていたため、贈答用として製造された可能性が高いと考えられています。特に明治5年（1872年）の改正で小型化された金貨は、鋳造枚数が非常に少なく、プルーフ硬貨の試作として鋳造されたと考えられ、コレクターの間で高値で取引されています。

明治26年（1893年）には、シカゴ万国博覧会に出品するため、1円から20円までの5種類の金貨がプルーフ硬貨として鋳造されました。これが公式なプルーフ硬貨の最初の例です。また、明治初期の金貨には、未完成ながらプルーフ硬貨が存在し、その技術が試されていたことが伺えます。

金貨の種類と特徴

新貨条例による旧金貨

一圓金貨幣: 1.6667g、周囲にギザあり。明治4年銘と明治7年銘以降の小型版が存在します。
二圓金貨幣: 3.3333g、周囲にギザあり。明治3年銘と明治9年銘以降の小型版が存在します。
五圓金貨幣: 8.3333g、周囲にギザあり。明治3、4年銘と明治5年銘以降の小型版が存在します。
十圓金貨幣: 16.6667g、周囲にギザあり。明治4年銘と明治9年銘以降の改版が存在します。
二十圓金貨幣: 33.3333g、周囲にギザあり。明治3年銘と明治9年銘以降の改版が存在します。

貨幣法による新金貨

五圓金貨幣: 4.1667g、周囲にギザあり。明治30年〜昭和5年銘が存在します。
十圓金貨幣: 8.333g、周囲にギザあり。明治30年〜43年銘が存在します。
二十圓金貨幣: 16.6667g、周囲にギザあり。明治30年〜昭和7年銘が存在します。特に昭和7年銘は幻の金貨と呼ばれています。

金貨の流通状況

金貨の多くは海外に流出し、国内では正貨準備として保管されました。そのため、市場に出回ったものはごく一部であり、「金貨の流通なき金本位制」とも呼ばれました。この状況が、今日の収集品としての金貨の希少性と高価格に繋がっています。

年銘別発行枚数

明治初期の貨幣は、年号による発行枚数の記録が不十分であり、年銘と暦年の発行枚数が一致しないことがあります。特に初期の金貨は、複数の年号の極印が使用されました。また、小型・大型の区別も不明瞭です。

参考文献

この記事は、以下の文献を参考に作成しました。
青山礼志『新訂貨幣手帳・日本コインの歴史と収集ガイド』
久光重平『日本貨幣物語』
堀江帰一『貨幣論』
石原幸一郎『日本貨幣収集事典』
塚本豊次郎『貨幣沿革図録』
大蔵省編纂室編『明治大正財政史（第13巻）通貨・預金部資金』
大蔵省編『新旧金銀貨幣鋳造高并流通年度取調書』
大蔵省編『貨幣制度調査会報告』
大蔵省編『大蔵省年報（第八〜五十一巻）』
大蔵省理財局編『金融事項参考書（自明治26年至明治33年〜昭和17年調）』
大蔵省造幣局編『造幣局長年報書（第一〜第六十五年報告書）』
大蔵省造幣局編『貨幣の生ひ立ち』
大蔵省造幣局編『造幣局六十年史』
大蔵省造幣局編『造幣局百年史（資料編）』
『図録日本の貨幣・全11巻』
大蔵省印刷局『日本のお金近代通貨ハンドブック』
* 利光三津夫、植村峻、田宮健三『日本通貨図鑑カラー版』

この記事が、日本の金貨への理解を深める一助となれば幸いです。

もう一度検索