旭酒造 (山口県)

旭酒造株式会社

旭酒造株式会社は、山口県岩国市に位置する、日本酒「獺祭（だっさい）」の製造元として広く知られる酒蔵です。全国には同名の酒造会社が存在しますが、これらとは一切の関連がありません。

「獺祭」に込めた哲学

旭酒造の最大の特異点は、一般的な日本酒造りで用いられる醸造アルコールなどの副原料を一切加えず、精米歩合が50%以下の日本酒、すなわち純米大吟醸酒のみを専門に製造していることです。2020年時点では、酒米の最高峰とされる山田錦を100%使用した純米大吟醸酒「獺祭」だけを醸しています。

「獺祭」という銘柄名は、かつて蔵が置かれていた場所「玖珂郡周東町獺越（おそごえ）」という地名と、明治時代の俳人である正岡子規が使用した俳号の一つ「獺祭屋主人」に由来しています。正岡子規の俳号は、カワウソが捕らえた魚を並べる習性に例えられたものですが、旭酒造はこの名に、既存の概念にとらわれず常に新しいことに挑戦し続ける正岡子規のような「進取の精神」を酒造りに反映させたいという思いを込めています。

経営改革と品質への徹底した追求

多くの酒蔵が普通酒の製造で経営の安定を図る中、旭酒造は純米大吟醸酒のみに特化するという、非常にリスクの高い経営戦略を採っています。この独自の路線は、1984年に当時34歳で家業を継いだ三代目社長、桜井博志氏によって確立されました。

桜井氏が社長に就任した頃、旭酒造は地域に根差した小規模な蔵元であり、業績は極めて厳しい状況でした。当時製造されていた普通酒「旭富士」は、品質面で差別化が難しく、市場での競争力が不足していました。この現状を打破するため、桜井氏は経営を一新することを決意。「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて」という哲学を掲げ、従来の普通酒製造を停止し、徹底的に品質を磨き上げた純米大吟醸酒づくりへと経営資源を集中させたのです。

独自の酒造り手法

旭酒造の革新性は、製造する酒の種類だけでなく、その造り方にも見られます。伝統的な日本酒造りでは、長年の経験を持つ専門家である「杜氏（とうじ）」が製造の中心を担うのが通例ですが、旭酒造は杜氏制度を廃止し、社員によるデータに基づいた酒造りを実践しています。

2000年以降、同社は杜氏が培ってきた経験や勘を、徹底的に数値化・データ化する取り組みを進めました。これにより、全ての醸造工程を科学的に管理する手法を確立。職人の属人的な技術に頼るのではなく、社員が米の吸水量や日々の発酵状態を正確なデータ分析に基づいて管理・制御することで、より安定した品質と、さらなる品質向上の可能性を追求しています。

また、酒蔵内に温度・湿度を管理できる空調設備を完備したことで、冬場に限らず年間を通じて酒造りを行う「四季醸造」が可能となりました。これにより、生産能力は従来の2倍以上に増加しています。

加えて、酒米の最高峰である山田錦を、時には168時間（7日間）という長時間をかけて精米し、日本国内でも最高水準の精米歩合23%の純米大吟醸を生み出しています。これは、米の外側にある雑味の元を極限まで削り取るための技術です。他にも、もろみを圧搾機にかけるのではなく、遠心分離器を用いて無加圧の状態で酒を分離する独特の手法や、シャンパンをも超える高い発泡性を持つスパークリング日本酒、さらには燗をして楽しむことに適した純米大吟醸など、既成概念にとらわれない多様な製品開発にも意欲的に取り組んでいます（伝統的な圧搾方式による抽出の酒ももちろん製造しています）。

流通戦略と市場での成功

旭酒造の販売方法もまた独特です。一般的に酒問屋を介して流通させるところを、品質管理を適切に行える約630店舗の正規取扱店に直接製品を卸すという方式を採用しています。しかし、「獺祭」の高い人気に対して生産量が追い付かなかった時期には、正規店以外で希望小売価格を大幅に上回る価格で販売される高額転売が問題となりました。こうした状況に対し、法的な対応が難しい中で、2017年には新聞に「お願いです。高く買わないでください」という異例の全面広告を掲載し、適正価格での購入を呼びかけ、正規取扱店の一覧を公開しました。

このような品質へのこだわりと独自の取り組みが功を奏し、「獺祭」は国内外で高い評価を得ています。特に大消費地である東京での口コミをきっかけに評判が広まり、海外へも積極的に展開。現在では世界20カ国以上へ輸出され、日本を代表する酒として各国の首脳に贈られるまでになりました。

業績面でも目覚ましい成長を遂げており、2016年には年間売上高が100億円を突破し、当時の日本酒大手メーカーと肩を並べる水準となりました。2023年9月期の売上高は174億円に達し、国内酒造メーカーとしては白鶴酒造に次ぐ第2位の規模となっています。売上高の約43%を輸出が占めていることからも、国際的な成功が経営を支えていることが分かります。

新たな挑戦と未来

旭酒造は、日本国内だけでなく海外での新たな挑戦も続けています。2017年にはアメリカ合衆国の料理学校カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカと提携し、ニューヨーク州に酒蔵を建設する計画を発表。2023年9月には「DASSAI BLUE SAKE BREWERY」として操業を開始し、現地生産米を使用した新ブランド「DASSAI BLUE」の販売を開始しました。これは日本から輸出される「獺祭」よりも若干手頃な価格帯を想定しており、将来的な増産を目指しています。

2018年7月の西日本豪雨では、酒蔵の一部が浸水する被害を受け、製造が一時停止しました。この際、被災により本来の品質基準を満たせなくなった醸造途中の酒を、漫画『島耕作』とのコラボレーション商品「獺祭 島耕作」として販売。これが完売し、売上の一部は被災地への義援金に充てられました。この商品は、複数の品質レベルのものが含まれていることを伏せたユニークな販売方法でもありました。

その他にも、期間限定のコンセプトバー「獺祭バー」の展開や、異業種とのコラボレーション商品の開発など、様々な取り組みを通じてブランドイメージを高めています。2025年6月1日には、社名を現在の「旭酒造株式会社」から「株式会社獺祭」へ変更することを予定しており、「獺祭」ブランドを核とした更なる事業展開への意欲を示しています。

旭酒造は、伝統を重んじつつも革新を恐れず、品質への妥協を一切許さない姿勢で、日本酒業界において独自の存在感を放ち、国内外から大きな注目を集め続けています。

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