朝山日乗

朝山日乗：戦国時代を駆け抜けた謎多き僧侶

朝山日乗（あさやまにちじょう、生年不詳-天正5年9月15日(1577年10月26日)）は、戦国時代の風雲児とも言うべき、日蓮宗の僧侶です。後奈良天皇から日乗上人の号を賜ったとされ、その出自や経歴には諸説があり、謎に包まれた人物として知られています。朝山は名字とする説が有力ですが、法名とする説も存在します。諱は善茂、典済あるいは典斎という号も用いたようです。

知られざる前半生と出雲からの逃避

日乗の幼少期や青年期については、詳しい記録が残されていません。18世紀に編纂された『朝山系図』によると、日乗は出雲国朝山郷の領主で尼子氏に仕え、朝山善茂と名乗っていたとされます。しかし、主君に背き、毛利氏のもとに逃れたとも伝えられています。一方、『兼右卿記』は美作国朝山出身と記し、『地下家伝』は、大伴氏の子孫を称する朝山慶綱の次男で、兄の死後家督を継いだが、京へ上ったと記述しています。これらの記録から、日乗の出自や初期の活動は、複数の解釈が可能な複雑なものであったことが分かります。

毛利氏との関わりと京への進出

山口で毛利氏の庇護を受けた日乗は、小さな寺院を建立します。その資金は、かつて持ち歩いていた唐物の布を「天皇の御衣」と偽って売却した資金であったという逸話も残されています。天文年間末頃(1554～1555年)には京へ上り、莫大な財産と公家との繋がりを通じて後奈良天皇の信任を得ます。

信長、朝廷との間を取り持つ外交官

永禄10年(1567年)、日乗は松永久秀を支援しようと毛利氏からの書状を届けようとした際に三好方の間諜に捕まり、堺で監禁されます。過酷な条件下でも弁舌を駆使し、周囲の人々を動かし、法華経を読み聞かせながら施しを得て生き延びます。しかし、永禄11年(1568年)4月には正親町天皇の勅命で解放され、朝廷に献上を行い、以降は信長と朝廷の間に立ち、勢力を拡大していきます。永禄12年(1569年)には足利義昭の仲介役として、毛利元就と大友宗麟の和睦に尽力し、信長からは皇居修理を命じられ、伊勢国に所領を与えられています。

信長とキリスト教宣教師との間で

永禄12年(1569年)4月には、信長にキリスト教宣教師の追放を建言しますが、信長は既に宣教師に滞在と布教を許可していました。同月20日には、フロイスやロレンソ了斎と信長の面前で宗教論争（宗論）を行い、激しい議論の末に刀を抜こうとしたと伝えられています。この宗論は宣教師側の記録にのみ残っており、その信憑性については議論があります。しかし、日乗はその後も信長に重用され続け、朝廷に働きかけて伴天連追放の綸旨を獲得することにも成功しています。この事実は、宗論の結果が日乗に大きな影響を与えなかったことを示唆しています。また、摂津三守護の一人、和田惟政がキリスト教を保護していたことへの日乗の讒言が、惟政の信長からの勘気を招いたともフロイスは記しています。

信長との関係の変化と晩年

元亀元年(1570年)頃からは、信長との関係に変化が見られます。フロイスの書簡では、日乗の訴えによって信長が激怒し、禁裏修理の役職を解任されたと記されています。その後も信長の側近としての活動は続き、禁裏修理にも携わっていたと見られますが、『言継卿記』には信長の勘気を被ったという記録もあり、この時期に何らかの軋轢があったことは確かでしょう。天正3年(1575年)には二条昭実に信長の養女が嫁いだ際の警固役を務めるなど、日乗は依然として朝廷や権力者と深く関わっていました。天正5年(1577年)9月15日に没したと『朝山家系図』は記しており、フロイスの書簡にもその死が伝えられています。

人物像：多様な評価

日乗は、毛利氏と織田家の外交において重要な役割を果たし、その手腕は高く評価されています。しかし、一方で僧侶でありながら武力行使に関わったり、私物を偽って売却したり、宗論で激昂したりするなど、複雑な人物像が浮かび上がります。フロイスは日乗を「日本のアンチキリスト」などと酷評していますが、優れた弁舌の持ち主として、古代ギリシアのデモステネスに喩えるなど、その弁才無双ぶりも認めています。

日乗が残した足跡

朝山日乗は、その出自や経歴、人物像に謎が多いものの、戦国時代の混沌とした状況の中で、巧みな外交手腕と弁舌を武器に、政治的・宗教的な舞台で重要な役割を果たした人物でした。信長、朝廷、そしてキリスト教宣教師らとの複雑な関係性の中で、日乗は時代の波に乗り、また時に抗いながら、独自の生き方を貫いたと言えるでしょう。その生涯は、戦国時代の人間模様と宗教的対立を理解するための重要な手がかりを与えてくれます。彼の存在は、歴史の表舞台だけでなく、裏舞台にも深く関わっていたことを示唆しています。日乗の生涯を通して、戦国時代における権力構造や宗教的葛藤の複雑さを改めて考えさせられます。そして、彼がどのようにして、その時代の混乱の中を生き抜いたのか、その謎解きは今後も歴史研究者の興味を惹きつけ続けるでしょう。

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