杉原紙

杉原紙（すぎはらがみ）とは

杉原紙（すぎはらがみ、すいばらがみ、椙原紙）は、日本の伝統的な和紙の一種です。歴史的には「杉原」とだけ呼ばれることもあり、「すいば」「すいはらがみ」「すいはら」「すい」といった変名や、「水原」「水原紙」という表記も見られます。

歴史

中世

杉原紙は、九州から東北地方にかけて広く生産され、中世には日本で最も流通した和紙の一つでした。特に武士階級の間で、ステータスシンボルとして重宝されました。鎌倉幕府の公用紙としても採用され、大量に流通しました。武士への贈答品には、杉原紙を一束（約500枚）贈る習慣があり、その重要性を示していました。

杉原紙は、コウゾを原料とし、米粉を加えて作られ、表面に凹凸（しわ）がないのが特徴です。しかし、その人気から、各地で様々なバリエーションが生まれており、「杉原紙」の特徴を一つに定めるのは難しいとされています。

近世

江戸時代には庶民の間にも普及し、全国各地で多様な「杉原紙」が生産されました。最盛期には、九州から東北まで20ヶ国で生産されていたとされています。しかし、その広がりによって、杉原紙の起源や製法に関する記録が失われ、研究者たちはそのルーツを辿るのに苦労しました。

近代

明治時代に入ると、西洋紙の普及とともに、杉原紙の需要は急速に減少しました。手作業で生産される和紙は、大量生産が可能な西洋紙に取って代わられ、大正時代には杉原紙の生産は完全に途絶え、「幻の紙」と呼ばれるようになりました。

杉原紙のルーツの発見

昭和初期の研究により、杉原紙の発祥の地は兵庫県（旧播磨国）の杉原谷村（現在の多可町の一部）であることが判明しました。播磨国は、古代から製紙が盛んだった地域の一つで、杉原谷は藤原氏の荘園（椙原庄）であったとされています。

杉原紙の再興

1972年、杉原谷があった加美町（現在の多可町の一部）が町立杉原紙研究所を設立し、杉原紙の生産を再開しました。再興された杉原紙は、かつての製法（板漉きや米粉の添加）は採用していませんが、コウゾを主原料とする強靭で独特の手触りが特徴です。1983年には兵庫県の無形文化財に、1993年には伝統的工芸品に指定されました。

「杉原紙」の二つの意味

「杉原紙」という名称は、歴史的に二つの意味で用いられてきました。

1. 杉原地域で生産された和紙：兵庫県杉原谷で生産された和紙を指します。
2. 杉原式の製法で作られた和紙：中世から近世にかけて、日本各地で杉原紙の製法を模倣して作られた和紙を指します。

後者の「杉原紙」は、鎌倉幕府の公用紙となり、武士階級の間で広く用いられました。武士の間では、贈り物として杉原紙を一束贈る習慣があり、その重要性を示しています。

杉原紙の特徴

杉原紙は、コウゾを原料とし、米粉を添加して作られるのが一般的です。その特徴として、以下の点が挙げられます。

コウゾを原料とする：楮（こうぞ）を主原料とし、丈夫な紙を作ります。
米粉を添加する：米粉を加えることで、薄くても粘りのある丈夫な紙になります。また、原料の節約にもつながりました。
凹凸（しわ）がない：表面が平滑で、書きやすいのが特徴です。
板漉き：かつては板漉きという独特の製法が用いられていたとされますが、詳細は不明です。この板漉きによって、簾目が残らない紙となったと考えられています。

紙の品質に対する価値観

歴史的に、紙の価値観は変化してきました。古代には厚い紙が良質とされ、公文書に使用されていましたが、次第に薄い紙の需要が増大しました。特に平安時代には、公家の女性たちが薄く滑らかな紙を好みました。一方、公家の男性は厚手のコウゾ紙を好む傾向がありました。

杉原紙の登場

杉原紙が歴史に登場するのは、平安時代後期です。藤原忠実の日記には、1116年に「椙原庄紙」が贈られたという記述があります。この「椙原庄紙」が、中世・近世の「杉原紙」と同質のものかどうかは不明です。

武士階級の台頭と杉原紙

中世に入ると、武士階級が台頭し、紙の需要にも変化が生じました。律令制度に基づく紙屋院への貢納は衰退し、武士階級が高級な「厚い紙」を使うようになりました。杉原紙は、鎌倉幕府の公用紙となり、武士階級に広く普及しました。室町時代の書札礼では、武士に手紙を送る際には「杉原紙」を用いることが定められていました。

一束一本

中世には、杉原紙と武士階級を結びつける重要な習慣として「一束一本」がありました。これは、水引をかけた紙1束（約500枚）に扇1本を添えて贈るもので、贈答の際の正式な作法とされました。この「一束」は通常「杉原紙」を指しました。

近世の杉原紙

戦国時代から江戸時代にかけて、紙の需要は庶民にも広がりました。杉原紙は、浮世絵などにも利用され、各地で生産が奨励されました。しかし、明治時代に入ると、西洋紙の普及により、杉原紙の需要は激減しました。

さまざまな杉原紙

杉原紙は、各地で生産されるにつれて、産地ごとの特徴を持つようになりました。播磨国（兵庫県）の杉原紙は「尋常杉原」と呼ばれましたが、加賀国、周防国、石見国、備中国など、各地で様々な杉原紙が作られました。

杉原紙の原料と製法

原料

杉原紙の主な原料はコウゾです。中世の多くの和紙と同様に、コウゾを原料としています。増産のために稲わらを混ぜることもありましたが、杉原紙は主にコウゾを使用しました。

填料（てんりょう）

杉原紙には、米粉を添加します。米粉を加えることで、薄くても丈夫な紙を作ることができます。この技法は「糊入れ」と呼ばれ、檀紙や奉書紙にも用いられました。

漉き方

杉原紙の漉き方については、「板漉き」という独特の製法が伝えられていますが、詳細は不明です。この「板漉き」によって、簾目が残らない紙になったと考えられています。一部の研究者は「紗漉き」という技法が使われていたと推測しています。

杉原紙の衰退と再興

杉原紙の衰退

杉原紙は、江戸時代後期から美濃紙の製法が広まるにつれて、徐々に衰退していきました。米粉を添加しない美濃紙は、虫害に強く、記録・保存に適していました。また、印刷にも適していたため、近代には美濃紙が主流となり、杉原紙は市場から姿を消しました。

杉原紙の再興

杉原紙は、大正時代に生産が途絶え、「幻の紙」と呼ばれるようになりました。しかし、研究者たちの努力によって、そのルーツが兵庫県多可町であることが判明し、1972年に町立杉原紙研究所が設立され、生産が再開されました。再興された杉原紙は、かつての製法とは異なりますが、伝統的な製法を受け継いで、上品な白さが再現されています。現在は、同研究所や道の駅などで販売されています。

まとめ

杉原紙は、中世には武士階級の象徴として用いられた和紙であり、その歴史は日本の社会や文化と深く結びついています。一度は姿を消しましたが、現代に復活を遂げ、兵庫県の伝統工芸品として再び注目を集めています。杉原紙の歴史と特徴を知ることで、日本の紙文化の奥深さに触れることができるでしょう。

もう一度検索