棋道報国会

棋道報国会：戦時下の囲碁・将棋界

棋道報国会は、昭和初期、具体的には1941年（昭和16年）に、囲碁・将棋の棋士たちが中心となり、戦争協力のために設立された組織です。この団体は、戦時下の日本において、囲碁・将棋界がどのように国策に協力していったのかを示す重要な事例と言えるでしょう。

設立の背景

1937年（昭和12年）に日華事変が勃発すると、囲碁・将棋の棋士たちは、慰問活動を通じて戦地に赴く兵士や、軍需工場で働く人々を励ます活動を始めました。具体的には、各地の軍病院や軍需工場を訪問し、囲碁や将棋を披露したり、指導したりすることで、彼らの精神的な支えとなることを目指しました。

戦況が深刻化するにつれて、より組織的な協力体制の必要性が高まりました。1941年3月には、前年に結成されていた大日本産業報国会の働きかけにより、日本棋院と将棋大成会が合同で棋道報国会を結成する準備が進められました。同年8月までに役員が決定され、最初の役員会が開催され、今後の方針が決定されました。

棋道報国会の目的は、囲碁・将棋を通じて産業戦士に奉仕し、間接的に産業増産に貢献することでした。具体的には、「生産的な思考、推理、創造といふ様な精神的な科学的訓練」として、専門棋士を派遣して指導し、棋道精神を植え付けることを目指しました。

体制

棋道報国会の会長には、大政翼賛会第五委員会委員長であった下村宏が就任しました。下村宏は貴族院議員でもありました。

顧問には、日本棋院理事長の林幾太郎、将棋大成会の木村義雄、大日本産業報国会の三輪嘉壮が名を連ねました。

理事には、囲碁界から瀬越憲作、小野田千代太郎、村島誼紀、八幡恭助、将棋界から花田長太郎、土居市太郎、金易二郎、金子金五郎が選出されました。

常任委員は、囲碁界から岩本薫、将棋界から渡辺東一が務めました。

棋道訓

棋道報国会では、以下の棋道訓が定められました。

一、棋道ハ国技ナリ尊ブベシ
一、棋道ハ推理ナリ鍛フベシ
一、棋道ハ礼ニ依リテ行ヲ慎ムベシ
一、棋道ハ趣味ナリ貪ル勿レ
一、棋道ハ決戦ナリ敢闘スベシ

これらの棋道訓は、棋士としての心構えを示すとともに、戦時下における棋士の役割を強調するものでした。

活動内容

棋道報国会は、結成前から慰問活動を行っていました。1939年には、棋士による中国への皇軍慰問団が上海、南京を訪問しました。慰問団は、安永一と塚田正夫が団長を務め、田岡敬一、梶為和、藤沢秀行、加藤治郎、松田茂行ら、囲碁・将棋それぞれ5人の棋士で構成されました。

1941年には、坂田栄男、藤沢秀行、建部和歌夫らが、満州のハルピン、大連などを訪問しました。1942年には、青木一男大東亜大臣の招きで、瀬越憲作、橋本宇太郎、呉清源が南京を訪問しました。

1942年8月からは毎月の定例会が実施され、日本棋院の野上彰が書記長を務めました。10月には、棋士を鍛えるための「練成会」が結成され、有栖川公園で日本棋院30名、将棋大成会10名の棋士が参加し、産業報国会錬成部の指導により、講義、禊、静座、勤労作業などが行われました。

1943年1月には、棋道報国挺身隊が結成され、講演や慰問などの活動を開始しました。瀬越憲作、岩本薫、木村義雄などが、北海道の日本製鐵、幌内炭坑などを訪問し、その後も全国各地で活動を行いました。3月には、婦人棋士による銃後奉公会が結成され、傷病軍人の慰問と、建艦献金活動に従事しました。5月には、傷病兵500人を日本棋院に招待しました。

同年、満州で設立された満州棋院を福田正義、藤沢秀行、榊原章二、安田清が訪問しました。福田正義は終戦まで滞在し、帰国できたのは終戦から1年後でした。11月には、棋院勤労奉公隊が汐留駅の帯貨整理に従事しました。12月には、皇軍慰問資金募集大会が開催されました。

戦況が悪化するにつれて、棋士たちも徴兵されたり、疎開したりする者が増え、紙不足で雑誌も休刊を余儀なくされました。1944年にも国内や中国東北部での慰問活動が行われましたが、7月の千葉県訪問が最後の活動となりました。その後、産業報国会とは別に、陸軍の招待により岐阜、石川、新潟などの療養所の慰問活動も行われました。

参考文献

安藤如意、渡辺英夫『坐隠談叢』新樹社 1955年
岩本薫『囲碁を世界に-本因坊薫和回顧録』講談社 1979年
増川宏一『碁 ものと人間の文化史59』法政大学出版局 1987年
* 藤沢秀行『勝負と芸 わが囲碁の道』岩波書店 1990年

もう一度検索