森小弁

森 小弁（もり こべん）

明治2年（1869年）10月15日から昭和20年（1945年）8月23日までを生きた森小弁は、現在の高知県高知市仁井田にあたる土佐国出身の実業家である。彼は主に南洋のトラック諸島（現在のミクロネシア連邦チューク州チューク諸島）でその手腕を発揮し、やがて現地の女性と結ばれ、水曜島（現在のトール島）の大酋長にまで昇りつめた異色の人物として知られる。また、歌謡曲の「酋長の娘」や、島田啓三による絵物語『冒険ダン吉』のモデルとされているが、これらについては異論も少なくない。ミクロネシア連邦の第7代大統領を務めたマニー・モリは、彼の曾孫にあたる。

生涯と活動

元土佐藩士で裁判所の判事でもあった父・可造と母・加奈の間に生まれた小弁は、青年時代には自由民権運動に身を投じ、大阪事件に関与したことで獄につながれた経験を持つ。出獄後は、同じ土佐出身の大江卓や後藤象二郎の知遇を得て政治活動に参加したが、次第に政治への不信感を抱き、失望を深めていった。ちょうどこの頃、オセアニアや東南アジアの島々との貿易や移民を奨励する「南進論」が唱えられ始め、小弁もこれに影響を受け、在学していた東京専門学校（現在の早稲田大学）を中途退学する。

明治24年（1891年）、彼は小さな南洋貿易商社であった一屋商会に入社し、同年12月、帆船「天祐丸」に乗って横浜港から南洋へと旅立った。ポナペ（現在のポンペイ島）を経由し、翌明治25年（1892年）には現在のチューク諸島ウエノ島に到着する。この航海を共にした日本人たちは、ミクロネシアに初めて定住した日本人グループの一つであった。

当時のチューク諸島はスペインの統治下にあり、治安は非常に悪く、民族間や部族間の争いが頻繁に起こっていた。共に渡った日本人の中には非業の死を遂げた者もおり、小弁自身も部族間の衝突に巻き込まれるなど、幾度となく生命の危機に瀕している（この時期に右手を負傷し失ったと伝えられる）。

初渡航から5年ほどが経過した頃、小弁の事業は次第に軌道に乗り始め、それに伴い彼の考え方も変化していった。彼は現地の住民との間に良好な関係を築き、彼らと同化することに積極的に努めるようになる。その努力が実を結び、春島（現在のウエノ島）イライス村の酋長マヌッピスの長女イザベルと結婚した。後に小弁はイライス村の酋長の地位を継承する。

しかし、1899年の米西戦争の結果、スペインがアメリカに敗れ、パラオを含むカロリン諸島がドイツに売却されたことで情勢は一変する。この頃、小弁の周りには小さな日本人社会が形成されつつあったが、ドイツ当局の政策により、チューク在住の日本人全員が追放される事態が発生した。小弁はドイツの国策会社と契約するなど、巧みな戦略を駆使してチュークに留まることに成功した。

1915年（大正4年）3月、チューク諸島が日本軍によって占領されると、小弁はこの機をとらえて独立的な立場を強固にした（日本軍による占領以前のドイツ統治下でも、カロリン諸島は日本との経済的な結びつきが強く、依存度が高かった。南洋庁が設置された後、多くの日本人が移住し、彼らの経済活動が現地の活性化に貢献したとされる）。

その後、小弁は日本と現地社会の間の重要な仲介者としての役割を果たし、その功績に対して勲八等瑞宝章と従軍徽章が授与された。また、コプラ輸出で得た収益を元に、学校建設など現地の住民生活向上や、南洋地域の開発に大きく貢献した。日本から移住してくる人々に対しては、自ら講演会を開き、現地社会への適応に関する貴重な助言を与えたという。

昭和19年（1944年）に心臓発作で倒れ、下半身が不自由になり寝たきりの状態となる。そして翌昭和20年（1945年）、76歳でその波乱に富んだ生涯を閉じた。今日、妻イザベルとの間に生まれた六男五女を始めとする彼の子孫は、父系一族なども含めて約3千人以上を数え、チューク社会において重要な存在となっている。

エピソード

森小弁の祖先は、かつて豊臣秀吉に仕え、豊前国小倉を治めた毛利勝信（森勝信）であるとされる。関ヶ原の戦いで西軍に属し敗れた後、土佐藩主山内一豊によって子供と共に引き取られ、土佐に移住したという由緒ある家系である。

現地の娘イザベルとの結婚については、当時のトラック諸島の不安定な治安環境下において、自身の安全を図るという現実的な側面も背景にあったとされる。一方、妻となるイザベルの側にも、優秀な日本人の血筋を自身の家系に取り入れたいという意図があったという。歌謡曲「酋長の娘」のイメージとは異なり、イザベルは当時としては珍しくミッションスクールで教育を受けた、美貌と知性を兼ね備えた女性であった。子供たちの証言によれば、夫婦の間には一度も喧嘩がなかったと口を揃えるほど円満であり、イザベルは夫を立てる良妻賢母であったと伝えられている。

小弁は、現地の生活習慣に慣れ、住民から同等に扱われるために、彼らの主食であるパンノキの実を食べることを実践した。パンノキの実は、すり潰して蒸して食されるが、独特の苦味があり、日本人の味覚には馴染みにくいものであった。しかし、小弁は一切嫌な顔を見せず、進んでこれを食したという。また、現地の言葉を習得することにも苦労し、思考方法の違いから自分の考えをうまく伝えられない困難も経験したが、彼は常に嘘偽りなく相手に接することを心がけ、たとえ誤解が生じても、誠心誠意をもって向き合えば必ず理解は得られると信じ、努力を続けた。日本統治時代に来島した日本人移住者に対しても、自らの経験に基づき、現地社会に溶け込むための実践的なアドバイスを積極的に提供した。

生前の小弁を知る人々は、彼を老人とは思えないほど精力的に働き、ユーモアあふれる話しぶりで周囲を楽しませる人物だったと回想しており、多くの移住者から尊敬を集めていた。彼の孫娘の一人の夫は、ミクロネシア連邦にルーツを持つ元プロ野球選手であり、後にミクロネシア国籍を取得してチューク州首長会議の議長を務めた実業家・相沢進である。

関連事項

田口卯吉 - 小弁がトラック諸島へ渡った帆船「天祐丸」は、田口が設立した南島商会の所有船であった。
マニー・モリ - 小弁の長男の孫にあたる曾孫で、ミクロネシア連邦大統領を務めた。
南進論 - 小弁が南洋に移住した明治期に盛んに唱えられた思想である。
「ダン吉 南海に駆けた男」- 森小弁を主人公とする連載小説。産経新聞で2011年に掲載された。

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