森戸事件

森戸事件とは

森戸事件は、1920年（大正9年）に経済学者である森戸辰男が発表した論文が発端となり起きた筆禍事件です。当時、東京帝国大学の助教授であった森戸辰男は、経済学部機関誌『経済学研究』に、ロシアの無政府主義者であるクロポトキンに関する論文「クロポトキンの社会思想の研究」を発表しました。この論文が、右翼団体である興国同志会から「無政府主義の宣伝」であると攻撃を受け、問題視されることとなりました。

事件の経緯

興国同志会からの激しい非難を受け、雑誌『経済学研究』は回収処分となります。さらに、森戸は新聞紙法第42条の朝憲紊乱罪で起訴され、東京帝国大学総長であった山川健次郎の判断により休職処分となりました。また、論文が掲載された『経済学研究』の編集を担当していた大内兵衛も、その責任を問われ起訴されることになります。

裁判では、森戸は「社会理想としての無政府主義」と「実行方針としての無政府主義」は区別すべきだと主張しました。しかし、大審院は森戸の上告を棄却し、有罪が確定しました。結果として森戸は禁錮刑を受け、一方で大内は「森戸論文は不穏当と思った」と釈明したことや、自身が国家主義の立場であることを明言したことにより、罰金刑のみとなりました。この事件によって、森戸と大内の両者は職を失うことになります。

その後、2人はILO日本代表派遣問題を巡り東大を辞職した高野岩三郎と共に大原社会問題研究所に参加し、同研究所の中核メンバーとなりました。大内は後に大学へ復職しますが、人民戦線事件により再び大学を追われることになります。

事件の影響

森戸の論文に対し、同じ経済学部の教授であった渡辺銕蔵は、論文に論理も学術的価値もないと批判しました。しかし、東京大学の学生の間では言論の自由が侵害されたとして反発が起こり、森戸を擁護する学生大会が連日開催されました。また、吉野作造が率いる新人会も、森戸擁護の論陣を張りました。この事件は、大学生などのエリート知識層が反体制側に傾くきっかけとなり、後の昭和研究会などにおける革新的な国政運営につながっていくことになります。

また、森戸を排斥した興国同志会に属していた岸信介は、この事件をきっかけに興国同志会を脱退し、鹿子木員信や大川周明の支援を受けて「日の会」を結成しました。岸は北一輝に傾倒し、満州国での活動や戦後の社会党からの出馬検討など、マルクス的社会主義に共感する一面も持っていたとされています。

まとめ

森戸事件は、一人の学者の論文が発端となり、言論の自由を巡る大きな議論を引き起こした事件でした。この事件は、当時の社会情勢や思想的な対立を浮き彫りにするとともに、後の日本の政治や社会に大きな影響を与えることとなりました。

この事件を通じて、知識人たちが体制批判へと向かう流れが加速し、その後の日本の社会変革の動きにも繋がっていったと考えられます。また、この事件に関わった人々のその後の活動も、日本の歴史を考える上で重要な要素となっています。

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