橋本萬太郎

橋本萬太郎（はしもと まんたろう、1932年11月26日 - 1987年6月7日）は、日本の言語学者であり、中国語研究を基盤に、言語類型論と地理学を組み合わせた「言語類型地理論」を提唱しました。彼の研究は、言語の構造と分布に関する深い洞察を提供し、言語学の分野に大きな影響を与えました。

生涯

群馬県新田郡沢野村（現在の太田市）で生まれた橋本は、群馬県立太田高等学校を経て、1955年に東京大学文学部中国文学科を卒業しました。その後、同大学院博士課程を中退し、1965年にはオハイオ州立大学で言語学の博士号を取得しました。研究者としてのキャリアは、ハワイ大学助教授、大阪市立大学講師を経て、プリンストン大学准教授を務めました。1970年からは東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所に移り、助教授、教授として後進の指導にもあたりました。

研究内容と業績

橋本の研究は、シナ語派の言語に対する精密な観察から始まりました。彼は海南島で話される言語が閩語の一種であることを明らかにし、その言語学的特徴を深く掘り下げました。また、従来の比較言語学による系統論的分析にとらわれず、アジア大陸の諸言語が系統を異にしていても、一つの連続帯を形成しているという独自の視点から「言語類型地理論」を開発しました。

この理論では、統辞構造などの特徴に着目し、地域分布を類型分析することで、言語の変化と地理的な広がりとの関係を考察します。橋本は、粤語から北方方言に至る中国の諸言語において、南に行くほどタイ・カダイ的で単音節語が多く、声調が豊かでSVO型であり、北に行くほどアルタイ的で多音節語が多く、声調が少なくSOV型であることを指摘しました。そして、古代漢語から現代漢語への変化が、南から北への変化と一致すると結論づけました。例えば、古代中国語の「呉 敗 越 于夫椒（呉は夫椒で越を破った）」は、現代中国語では「呉軍 在夫椒 把越軍 打敗了（呉軍は夫椒で越軍を打ち負かした）」となり、語順が大きく変化しています。橋本は、この変化の背景には、古代から中国大陸で継続的に見られた北から南への人口移動があり、それによって中国語自体が北方化したと考えました。

さらに、橋本は漢字が北方を中心とする周圏分布をなしていることを指摘しました。例えば、古代漢語、粤語、日本語では「目」「口」「食」「飲」と表現されるものが、現代北方語では「眼睛」「嘴」「吃」「喝」となる現象を例に挙げました。

統辞構造の変化は、歴史的にも観察できます。殷代の甲骨文に見られる「猶大（大いなる道）」「祖甲（甲という祖先）」「丘商（商の丘）」のような修飾語が被修飾語の後ろに来る順行構造は、現代のタイ語、カンボジア語、マレー語などの南方系言語にも共通しています。ところが、周代以降、特に春秋時代（紀元前8世紀ごろ）から「大道」「甲祖」のように、修飾語が被修飾語の前に来る逆行構造へと変化しました。橋本は、中国語の名詞句の変化時期を紀元前10世紀末、動詞の変化時期を紀元前1000年初頭と推定しました。そして、この変化は周による諸民族の統合と、その同化によってもたらされ、後の漢民族の形成に深く関わっていると結論づけました。

家族と著作

妻は言語学者の余靄芹 (Anne Oi?kan Yue?Hashimoto)です。
橋本の主な著書には、『客家語基礎語彙集』（1972-73）、『言語類型地理論』（1978）、『現代博言学』（1981）、『納西語料』（1988）などがあります。また、編纂書として『世界の中の日本文字』（1980）、『漢民族と中国社会』（1983）があり、翻訳書としてチョムスキーの『現代言語学の基礎』（1972）などがあります。没後には『橋本萬太郎著作集』全3巻（1999-2000）が出版されました。

記念

国際中国語言学学会 (IACL) は、橋本の功績を記念し、橋本萬太郎歴史音韻学賞 (Mantaro J. Hashimoto Award) を設けています。

橋本萬太郎は、言語学の分野において、その独創的な理論と深い洞察力で、アジアの言語研究に多大な貢献をしました。彼の業績は、今日の言語学研究においても重要な示唆を与え続けています。

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