欠史八代

欠史八代とは

欠史八代（けっしはちだい）とは、日本の古代史において、『古事記』や『日本書紀』（記紀）にその系譜が記されているものの、実在が疑わしいとされる第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8代の天皇を指す歴史学上の用語です。これらの天皇の存在は、学術的にはほぼ否定されており、後世の創作であると考えられています。

概要

『記紀』には、古代天皇の系譜が伝えられていますが、初期の天皇については後世に創作されたと見られる部分が多く、特に欠史八代はその代表例です。これらの天皇に関する記述は、系譜や陵墓などの情報に限られており、具体的な事績や物語はほとんど伝えられていません。これは、記紀の原史料である『帝紀』には系譜情報が、『旧辞』には物語や歌謡が記されていたものの、欠史八代に関しては『旧辞』的な情報が欠落しているためと考えられています。

欠史八代議論の本格化

欠史八代についての議論が本格化したのは、第二次世界大戦後です。戦前は、皇統や国体といった概念への配慮から、『記紀』の史実性に対する批判的な研究は抑制されていました。しかし、敗戦によってこれらの制約が緩くなり、欠史八代の研究が進みました。その結果、これらの天皇は後世に創作された架空の天皇であるという見解が、20世紀末頃までに定説となりました。その系譜が形成されたのは、7世紀末頃の天武朝であると考えられています。

名前

欠史八代の天皇の和風諡号（しごう）には、特徴的な構成要素が見られます。第3代から第5代の天皇の諡号に含まれる「ヒコ」は、神武天皇にも共通する要素ですが、実在が確実な人物にはあまり見られません。一方、第7代から第9代の天皇の諡号に含まれる「ヤマトネコ」は、持統天皇など7世紀末から8世紀初頭の天皇に見られます。また、第6代孝安天皇の諡号に含まれる「タラシ」は、同じく実在が疑問視される景行天皇や成務天皇にも見られます。これらの特徴から、欠史八代の和風諡号は、後世に史書編纂時に与えられた可能性が高いとされています。

系譜

欠史八代を含む初期の天皇系譜は、全員が父親から息子への直系継承という形式を取っています。しかし、後代の天皇系譜では兄弟間や甥への継承が頻繁に見られることから、この整然とした直系継承は現実的なものとは考えにくいとされています。欠史八代については、系譜情報以外の記録がほとんどないため、後世に創作されたという疑いが持たれています。ただし、この系譜がどのように作られ、現在の形になったのかについては、古代日本史を理解する上で重要な研究テーマとなっています。

古代日本の系譜と天皇系譜

古代日本の系譜には、現代の家系図とは異なる複数の類型が存在しました。義江明子によれば、古代日本語の「コ（子・児）」には、「祖の子（おやのこ）」と「生の子（うみのこ）」という区別があり、「生の子」は血縁上の親子関係を、「祖の子」は一族の公的地位の継承における後継者を指しました。初期の天皇系譜は、「A娶B生子C（AがBと娶いて生む子C）」という同母単位で記載された「娶生」系譜でしたが、後に地位継承を重視した系譜に変化しました。

最古の系譜とされる稲荷山古墳出土鉄剣銘には、471年に作成された乎獲居臣の系譜が記されています。この系譜は「上祖、名は意富比垝（オホヒコ）、其の児、名は...」という形式で、父子関係ではなく、地位継承を表すものと解釈されています。このように、古代の系譜のあり方が欠史八代を含む『記紀』の天皇系譜に影響を与えていると考えられています。また、古代日本では氏族の族長位は特定の系統に固定されておらず、複数の氏族が連合して族長位を継承していたと考えられています。

欠史八代の后妃

『記紀』には、欠史八代の后妃の出自についても記録があります。これらの后妃は、磯城県主、春日県主、十市県主といった大和地方の県主家から出ている者が多いのが特徴です。これらの県主家は、天皇家と比肩するような有力な氏族ではなく、大和地方の一地方氏族から后妃が選ばれていることは、欠史八代の実在を論じる上で重要な論拠とされました。

一方で、これらの県主家は、天武朝において朝廷と緊密な関係を築いたことが確認されています。また、欠史八代の后妃を出したとされる尾張連や事代主神も、壬申の乱で天武[[天皇]]側に立って功績があったとされています。これらのことから、欠史八代の后妃の出身氏族は、天武朝前後の政治情勢が反映されたものであるという見解もあります。

母系系譜問題

欠史八代の婚姻形態にも、後世の状況が反映されていると見られる特徴があります。古代の皇族は近親婚を頻繁に行っていましたが、天智朝以前は、父系で共通の祖先を持っていても、母系を共にすることはほとんどありませんでした。しかし、天武朝期前後になると、同母系での婚姻が見られるようになります。この変化は、崇神天皇以前の系譜にも見られ、崇神天皇以前の系譜が天武朝期の状況を反映したものであることを示唆しています。

后妃世代

欠史八代の系譜は全て父子間の直系継承となっていますが、このことは、史書編者が天皇の伝承を自由に付け加えることができたという意味ではありません。実際には、各天皇が娶った后妃の世代を見ると、数代にわたって同世代の后妃と婚姻を結んでいる例が見られます。これは、初期の天皇については、まず天皇名や后妃の出自のみが伝わり、後にこれを一系で繋ぎ合わせたことを示唆しています。

皇別氏族と欠史八代

古代の氏族は、その出自によって大きく神別、皇別、諸蕃に分類されます。皇別氏族、特に臣姓を持つ氏族は、欠史八代の天皇の子孫を始祖とするものが多く、欠史八代はこれら臣姓氏族と天皇系譜の結節点となっています。臣姓氏族の多くが欠史八代を出自とする一方、君姓氏族は欠史八代以外の天皇に祖を持つものが多く、国造姓氏族は神武天皇や神々を祖とするものが多いという特徴があります。

これは、それぞれの氏族が天皇家との関係を構築した歴史的背景の違いによるものと考えられます。臣姓氏族は古くから天皇と同族であり、君姓氏族は地方の首長がヤマト王権に服属する中で天皇との擬制的な親族関係を構築したと考えられています。欠史八代は、7世紀後半に臣姓氏族の系譜を天皇家に接続する際に用いられたと考えられます。

神武天皇と崇神天皇

『日本書紀』では、初代神武天皇の称号「始馭天下之天皇」と、10代崇神天皇の別名である「御肇國天皇」は、どちらも「ハツクニシラススメラミコト」と読めます。これは、崇神天皇を初代天皇とする伝承がかつて存在したことを示唆しています。

『記紀』の歴史意識と「欠史」

欠史八代が「欠史」として括られるのは、『記紀』が記録している情報が『帝紀』的な系譜情報のみで、『旧辞』的な物語や歴史的事件の記述を欠いているためです。しかし、近年では、これを「欠史」と見る視点は、物語的要素を「歴史」として捉えてきた近現代の歴史学のものであるという指摘があります。『記紀』の編纂者たちの意識においては、天皇系譜に関する情報を完備していれば、物語要素がなくともそれは「歴史」であったと考えられます。

原初的な歴史は系図によってまとめられるとも言われ、古代日本では天皇の代替わりが過去の出来事を考える時間軸でした。天皇に基づいて時間の認識が行われていた時代には、系譜はそれ自体が歴史でありました。

まとめ

欠史八代の理解は、古代日本の王権、氏族、家族といった社会関係を理解する上で重要です。欠史八代の系譜は、後世の創作であるという見解が一般的ですが、それが今日見られる形になった理由は、単に皇室の直系継承を示し、その歴史を古く見せるためだけではありません。欠史八代の系譜は、天皇家と各氏族の間に擬制的な親族関係を構築する中で、現実の政治的状況を反映しつつ、翻案と接合を繰り返してきたものと考えられます。この系譜の形成と統合は、7世紀後半から8世紀にかけての『日本書紀』や『古事記』の編纂とともに確定しました。

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