殷仲堪

殷仲堪（いん ちゅうかん）：東晋の武将、その生涯と人物像

殷仲堪（生年不詳 - 399年）は、東晋時代に生きた武将であり、政治家です。名門である陳郡長平県を本貫とし、高名な政治家・軍人であった殷浩を従伯父に持ちます。

生涯

殷仲堪は、晋陵郡太守を務めた殷師（太常殷融の子）の子としてこの世に生を受けました。官吏としての道を歩み始め、当初は著作郎に任じられます。その後、名将として知られる謝玄の長史、そして晋陵郡太守を歴任しました。孝武帝の時代には、太子中庶子や黄門郎といった要職を任されています。太元17年（392年）には、都督三州諸軍事、西府軍元帥、荊州刺史という重要な地位を委ねられ、江陵に拠点を構えました。

隆安元年（397年）、北府軍元帥であった王恭が司馬道子打倒のために挙兵すると、殷仲堪もその誘いを受け、共に兵を挙げ、朝廷で権勢を振るっていた王国宝を誅殺するに至りました。しかし、翌年に王恭が再び挙兵した際には、殷仲堪は桓玄と共同で挙兵します。ところが、王恭が劉牢之の裏切りによって討たれると、司馬道子の調略によって桓玄に西府軍元帥の地位が約束されたため、桓玄は寝返り、殷仲堪も軍を引かざるを得なくなりました。

隆安3年（399年）、殷仲堪は再び兵を挙げ、桓玄を討とうと試みますが、連戦連敗を喫し、最終的には自害という悲劇的な結末を迎えました。

人物像

殷仲堪は、主体性に欠ける人物であったと評されています。王恭が挙兵した際も、自らの意思というよりは、王恭や桓玄に勧められたことが大きな要因だったとされています。また、武人というよりも政治家、貴族としての側面が強く、風雅な清談の宴席で老荘思想に基づいた詭弁を弄することは得意でしたが、戦場においては優柔不断であり、「計を用いるにあたってああでもない、こうでもないとただに思いまどい、しかも物事の見通しも聞かなければ、深謀もできず、これでは負けるより仕方ない」と酷評されるほどでした。しかし、政治家としては非常に優れており、困っている人々を救うことを好み、病人がいれば自ら脈を診て薬を施したと言われています。また、道教の一派である天師道に深く傾倒し、鬼神を祀るためには財産を惜しむことはなかったと伝えられています。

逸話

殷仲堪は隻眼であり、西府軍元帥であった頃、桓玄と顧愷之が彼の元を訪れ、「危語」と呼ばれる遊びをしました。その際、部下の参軍が「盲人騎瞎馬、夜半臨深池」（盲人が盲いた馬に乗り、夜中に深い池に差し掛かる）という句を詠み、殷仲堪の身体的な障碍を露骨に嘲弄しました。これに対し、殷仲堪は「胸に刺さりやがる」と呟いただけで、その参軍を許したと言われています。

殷仲堪は、主体性のなさが災いし、悲劇的な最期を遂げましたが、政治家としての能力や人道的な側面、そして隻眼というハンディキャップを持ちながらも、それをネタにされることを許容する度量の大きさなど、様々な側面を持った人物であったと言えるでしょう。

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