殷璽

殷璽（いんじ）とは

殷璽とは、中国の殷墟（河南省安陽市殷都区）から出土したと伝えられる古代の銅印です。もしその伝承が正しければ、中国における印章の歴史を塗り替える最古の遺物となるはずですが、その出土状況が詳細不明であるため、殷（商）代の作品と断定するには多くの学者が慎重な姿勢を示しています。

概略

問題となっているのは、発掘されたとされる3顆の銅印が、正規の学術調査によるものではなく、北京の古物商を通じて入手されたという点です。そのため、印章が発見された正確な場所や地層が記録されておらず、殷代よりも新しい時代の地層から出土した可能性を完全に否定できません。

さらに、殷墟における発掘調査は1928年から開始され、安陽の殷墟だけでなく、洛陽や鄭州などでも繰り返し行われてきましたが、これまでのところ印章は一つも見つかっていません。また、殷代の文字資料である甲骨文や青銅器に刻まれた金石文にも、印章の使用を示す文字や記述は存在しません。加えて、殷を継承した周王朝の初期から中期の遺跡においても、印章の発見例はありません。

これらの状況証拠から、殷璽が実際に殷代に製作された印章である可能性は低いとする見方が、現在では有力となっています。

形状と印文

殷璽とされる3つの印章は、いずれも2～3センチメートル大の正方形をしており、印章の背には簡素な鼻鈕（びちゅう、つまみ）が付いています。印文はすべて陽刻（ようこく、文字が盛り上がっている）で刻まれており、印文を囲む枠があるものも存在します。そのうちの一つは、四等分された枠の中に文字が配置されており、「□□印省」と解読されています。印文の形式は、後の時代の古璽（こじ）の形式を既に整えているものの、文字そのものは殷時代の青銅器にみられる図章（図柄や簡単な文字を刻んだもの）に酷似していると指摘されています。

現在、殷璽は台湾の国立故宮博物院に所蔵されています。

関連項目

金石学
篆刻
印章

出典

沙孟海 『篆刻の歴史と発展』中野遵・北川博邦共訳 東京堂出版、1988年、ISBN 4490201443。
荻野三七彦 『印章』 吉川弘文堂、1966年。
新関欣哉 『ハンコロジー事始め　印章が語る世界史』 NHKブックス、1991年、ISBN 4140016329。

もう一度検索