比企氏

比企氏：鎌倉幕府を揺るがした一族の興亡

比企氏（ひきし）は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、武蔵国比企郡（現在の埼玉県比企郡と東松山市）を拠点とした豪族・武家です。藤原秀郷の末裔を称し、藤原氏の流れを汲んでいます。

出自と初期の活動

比企氏の始祖とされる比企能貴は、武蔵国比企郡に住み着いたことから比企氏を名乗ったとされています。一族の正確な系譜は不明な点が多いものの、比企尼が源頼朝の乳母を務めたことが、比企氏が幕府内で急速に台頭するきっかけとなりました。

比企氏は、源氏嫡流が京にいた頃から近習していたとみられています。平治の乱で敗れ、伊豆に流罪となった頼朝を、比企尼とその夫である比企掃部允が支援しました。比企掃部允は、武蔵国比企郡に請所を置き、夫妻で頼朝を支え続けました。比企尼の養子である比企能員は、頼朝が挙兵すると、源平合戦で活躍し、その功績により幕府内での地位を確固たるものにしました。

権勢の拡大と北条氏との対立

比企能員は、頼朝の嫡男で鎌倉幕府二代将軍となる源頼家の乳母父となり、将軍の外戚として権勢を強めました。能員の娘である若狭局は、頼家の妻となり、長男の一幡を出産しました。これにより、比企氏は幕府内での影響力をさらに拡大させました。

しかし、比企氏の勢力拡大は、同じく外戚として力を増していた北条氏との対立を招きました。建仁3年（1203年）、頼家が病に倒れると、後継者争いが勃発。一幡を擁する比企氏と、頼家の弟である千幡（後の三代将軍源実朝）を擁する北条氏との間で、激しい権力闘争が繰り広げられました。

比企能員の変（比企の乱）と一族の滅亡

『吾妻鏡』によると、一幡と千幡の分割相続という決定に不満を抱いた能員が、北条氏の討伐を計画。しかし、この動きを察知した北条時政が能員を謀殺し、比企一族がいた一幡の小御所を攻撃。小御所は炎上し、一幡や能員の息子たちは殺害され、比企一族はほぼ滅亡しました。

『愚管抄』では、病に倒れた頼家が後継者として一幡を指名したことが、時政の比企氏への警戒心を強めたと記されています。比企氏の全盛時代を恐れた時政が、先手を打って能員を殺害し、一幡も殺そうとしたとされています。

比企一族の滅亡を知った頼家は、時政討伐を命じるものの、最終的には伊豆国修禅寺に幽閉され、側近たちも処罰されました。乱の翌日には、能員の妻妾とその2歳の男子が和田義盛に預けられた後、安房国に流刑となりました。

その後の比企氏

江戸時代に成立した『新編鎌倉志』によると、鎌倉の妙本寺の前身となる竹御所法華堂を建立したのは、能員の末子とされる比企大学三郎能本でした。能本は、安房国に流された男子と同一人物と考えられており、伯父に匿われて出家した後、京で順徳天皇に仕え、承久の乱で天皇が佐渡島に流される際にも同行しました。その後、頼家の娘の取り計らいで鎌倉に戻り、妙本寺を建立し、比企一族の菩提寺としました。能本は、建長5年（1253年）には日蓮に帰依しています。

比企能本に子孫がいたかどうかは不明です。鎌倉時代初期の御家人同士の抗争で敗れた梶原氏が武家としての命脈を保ったのに対し、比企氏は「比企の乱」によって事実上、族滅しました。

比企氏の一族

比企氏の主な一族としては、以下の人物が挙げられます。

比企掃部允：比企尼の夫。頼朝の旗揚げ前に死去。
比企尼：頼朝の乳母。頼朝を長年支援した。
比企能員：比企尼の甥で養子。比企氏を継承。比企能員の変で死亡。
若狭局：能員の娘。頼家の側室。一幡の母。比企能員の変で死亡（『愚管抄』では生死不明）。
比企能本：能員の末子。出家して妙本寺を建立。
その他、能員の息子や親族など。

比企氏とゆかりのある地

比企氏とゆかりのある地としては、以下のような場所があります。

宗悟寺（埼玉県東松山市）：比企一族顕彰碑が建立。
金剛寺（埼玉県比企郡川島町）：比企氏の系図や墓がある。
* 大東文化大学東松山キャンパス：比企太神と記された小祠がある。

江戸時代の旗本比企家

江戸幕府に仕えた旗本の中にも、比企能員の子孫を称する家系があります。この家系は、能員に遺腹の子がおり、岩殿観音堂の別当に養育されたという伝承を持っています。この比企家は、室町時代後期から戦国時代にかけて武功を重ね、江戸時代には徳川家に仕えましたが、元禄時代に生類憐みの令に触れたため、旗本としての系譜は途絶えました。

その他

比企という名字は、関東地方から新潟県にかけて多く分布しており、比較的珍しい名字として知られています。

まとめ

比企氏は、源頼朝の側近として台頭し、鎌倉幕府内で大きな権力を握りました。しかし、北条氏との対立によって一族は滅亡し、その歴史は幕を閉じました。比企氏の興亡は、鎌倉幕府初期の権力闘争を象徴する出来事として、後世に語り継がれています。

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