永井郁子 (声楽家)

永井郁子（1893年8月30日 - 1983年1月28日）は、日本のソプラノ歌手として、大正から昭和にかけて活躍しました。

経歴

1910年、東京音楽学校声楽科を卒業。同級生には柳兼子がいました。二人は共にハンカ・ペッツォルトに師事し、その後研究科を修了しています。永井は、その美しい容姿と透き通るような高音が魅力のリリック・ソプラノとして、早くから人気を集めました。特に、ビゼーの歌劇『カルメン』のミカエラや、プッチーニの歌劇『ラ・ボエーム』のミミのアリアを得意としていました。

1915年には、「永井郁子独唱会」を開催し、リヒャルト・シュトラウスの作品を歌っています。同年秋には、岩崎小弥太の紹介で作曲家の山田耕筰と結婚しましたが、山田の女性問題や暴力が原因で、翌年には離婚。この離婚劇は、永井と親しかった柳兼子との間に深い遺恨を残し、柳は戦時中などの例外を除き、山田の楽曲を歌うことはなかったと伝えられています。

1920年、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー第30回演奏会では、グリーグの『ソルヴェージの歌』を独唱し、柳兼子とヴェルディの歌劇『アイーダ』の二重唱を披露しました。

1925年11月1日、帝国ホテル演芸場でのリサイタルを皮切りに、「邦語歌唱運動」という新たな試みを始めました。これは、クラシック音楽の声楽曲を原語ではなく日本語訳で歌うというもので、帝国劇場や報知講堂、大阪の朝日会館、京都の岡崎公会堂などで演奏会を開催し、大きな話題を呼びました。この運動は賛否両論を巻き起こしましたが、彼女の音楽に対する探求心と挑戦を物語るエピソードです。1926年には、宮城道雄の歌曲をピアノではなく邦楽器で伴奏するという革新的な試みも行い、当時の音楽界に新風を吹き込みました。これらの録音は「新日本音楽」と銘打たれて現存しています。

1929年には、西洋音楽だけでなく、箏曲、義太夫、長唄などをプログラムに取り入れた5日間連続の演奏会を開催。西洋文化と日本文化の融合という、現代にも通じるテーマに積極的に取り組みました。永井は、単なる歌い手としてだけでなく、文化交流の架け橋としての役割も担っていたと言えるでしょう。

教育者としては、浅野千鶴子を育成するなど、後進の指導にも力を注ぎました。

録音

永井郁子の録音は、国立国会図書館の歴史的音源として保存されています。

独唱：ミカエラの唄（歌劇『カルメン』より）（上） - ビゼー作曲、ピアノ：ジェームス・ダン
独唱：ミカエラの唄（歌劇『カルメン』より）（下） - ピアノ：ジェームス・ダン
二重唱：千草の花 - 浅野千鶴子、ピアノ：海老名道子（1926年10月）
二重唱：庭の千草 - 浅野千鶴子、ピアノ：海老名道子（1926年10月）
新日本音楽：せきれい - 作詞：北原白秋、作曲：宮城道雄、琴：宮城道雄、尺八：吉田晴風（1927年3月）
新日本音楽：コスモス - 作詞：北原白秋、作曲：宮城道雄、琴：宮城道雄、尺八：吉田晴風（1927年3月）
独唱：娘々祭 - 作詞：村岡昊、作曲：園山民平、ピアノ：永田貴與子（1928年11月）
独唱：ローレライ - ピアノ：永田喜與子（1929年2月）
* 独唱：埴生の宿 - ピアノ：永田喜與子（1929年2月）

その他にも、『春のあした』（1925年）、『ブラームスの子守歌』（1926年）、『秋草』（1927年）などの録音が残されています。

永井郁子は、その歌声だけでなく、常に新しい表現を追求し続けた姿勢を通して、日本の音楽史にその名を刻みました。

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