江川英文

日本の法学界において、国際私法分野の確立と発展に決定的な役割を果たした法学者、江川英文（えがわ ひでぶみ）は、1898年7月19日にこの世に生を受け、1966年8月21日にその生涯を閉じた。

東京府東京市に生まれた江川は、早稲田中学校、第一高等学校文科丙類を経て、1922年に東京帝国大学法学部法律学科へ入学。勉学に励み、1925年に同学部を卒業すると同時に、同大学の助手として研究者の道を歩み始めた。その才能を認められ、1927年には助教授に昇進。さらに研鑽を積み、1936年には教授の地位に就いた。東京大学での長年にわたる教育・研究活動は、多くの優れた法曹関係者や研究者を育てる礎となった。1959年3月、東京大学を定年退職。その貢献が称えられ、同年6月には東京大学名誉教授の称号が授与された。

東京大学を退いた後も、江川の教育への情熱は衰えることがなかった。1959年4月からは立教大学法学部教授として迎えられ、引き続き教壇に立ち、学生たちに国際私法の知識と法的な思考法を授けた。研究面でも新たな成果を追求し、1962年には東京大学に「国際私法に於ける裁判管轄権」に関する論文を提出し、法学博士の学位を取得。これは、国際的な紛争における裁判地の決定という、国際私法の核心的な課題に関する深い考察を示すものであった。

江川は、学術研究のみならず、学界や国の制度設計にも積極的に関与した。国際法学会と国際私法学会の両方で理事長を務め、それぞれの学問分野の発展と交流を促進した。また、著作権制度審議会や法制審議会の国際私法部会において会長を務めるなど、日本の法制度の整備にも重要な役割を果たした。国際的な舞台でもその存在感を示し、ハーグ国際私法会議には日本政府代表として参加。国際的な私法規範の形成に貢献するとともに、比較法国際アカデミー正会員や万国国際法学会会員として、世界の法学者との間で活発な学術交流を行った。

彼の研究は、渉外的な法律関係、すなわち国境を越える人々の活動に伴う法律問題の解決に不可欠な、準拠法の指定や裁判管轄権といった現代国際私法の基礎を築いた。その学術的な成果は、数々の著書にまとめられている。

主要な著書としては以下が挙げられる。

『国際私法（改訂版）』弘文堂、1983年
『国際私法（改訂）』有斐閣、1989年
『国際私法総論・国籍法』（池原季雄、山田鐐一と共著）有斐閣、1973年
『国籍法（第3版）』（山田鐐一、早田芳郎と共著）有斐閣、1997年

これらの著作は、日本の国際私法研究において今日なお参照される基本文献であり、彼の理論が後世に与えた影響の大きさを物語っている。

江川家の歴史は、法学分野に限らず、広く日本の近代史と関わっている。父、江川英武は幕末の韮山代官を務めた後、明治期には韮山県知事や教育者として活躍した人物である。江川英文は、男爵佐藤達次郎の三女である美と結ばれ、二人の息子をもうけた。長男の江川英晴氏は実業界に進み、東芝の常務を務め、次男の江川滉二氏は医学者となり東京大学名誉教授となるなど、子息たちもそれぞれの分野で重要な役割を果たした。

長年の教育、研究、そして公的な活動における顕著な功績に対し、国からは正三位に叙せられ、また勲二等旭日重光章を授与された。これらの栄典は、江川が日本の法学界、ひいては社会全体に貢献した偉大さを公式に認めるものである。

1966年に逝去するまで、江川英文は日本の国際私法学のパイオニアとして、その学問分野の発展と普及に尽力し続けた。彼の築いた学術的な遺産と、育成した多くの弟子たちは、現代日本の国際私法研究において、その精神と理論を引き継いでいる。

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