江見水蔭

江見水蔭（えみすいいん）

明治から昭和初期にかけて活動した日本の多才な文人、江見水蔭（本名：忠功、1869年9月17日 - 1934年11月3日）は、小説家、翻訳家、編集者、そして冒険家、探検家としても知られています。岡山生まれの彼は、文学作品にとどまらず、通俗小説、推理小説、冒険小説、探検記など、非常に幅広い分野で筆を執りました。また、硯友社や博文館など、当時の有力な出版社で雑誌の編集・発行にも深く関わっています。代表作には、悲惨小説『女房殺し』、探検記『地底探検記』、随筆『自己中心明治文壇史』、翻案戯曲『正劇 室鷲郎』などがあります。

生涯と多彩な活動

江見水蔭こと江見忠功は、岡山市で生まれました。軍人を志し上京しますが、やがて文学に傾倒し、15歳でその道を諦めます。東京英語学校に通いながら杉浦重剛の称好塾に入り、同人誌『毎週雑誌』を創刊。初期の韻文作品が雑誌に掲載されたことを機に、本格的に文筆活動を開始します。称好塾で巖谷小波と知り合い、共に尾崎紅葉を訪問。川上眉山、石橋思案ら気鋭の文人たちとも親交を結びました。

巖谷小波の勧めにより硯友社に参加。新人として紹介された後、『文庫』誌に発表した「旅画師」で作家デビューを果たします。紅葉や武内桂舟の紹介で多くの雑誌や新聞に作品を発表。紅葉を慕いその近くに転居しました。硯友社の雑誌編集に携わった後、『読売新聞』の文芸欄に移籍。巌谷小波、川上眉山らと共に同紙の社友となり、「読売の四天王」と呼ばれるなど、活発な執筆を展開しました。この頃の文体は雅俗折衷文で、多作であると批判されることもありましたが、創作意欲は旺盛でした。

1892年には、都会的な作品中心の硯友社に飽き足らず、江水社を設立し天然描写に重きを置いた雑誌『小桜緘』を創刊しますが、わずか5号で廃刊。日清戦争開戦の1894年には、博文館の『征清画報』編集長を務めますがこれも短期に終わりました。同年、中央新聞に入社。軍事小説「電光石火」が人気を博し作家としての地位を確立しました。ロマンチックな初期作風に加え、脚本、通俗小説、社会小説など多様な分野に挑戦。「女房殺し」は言文一致体で書かれ大きな反響を呼び、悲惨小説の傑作と称されるなど、作家としての最盛期を迎えます。この時期には多くの単行本が刊行されました。

1896年に片瀬に移り住み「怒濤庵」と号しました。読売新聞で作品を発表する一方、生活は乱れがちになり退社。その後も神戸新聞社、博文館、二六新聞と職を転々としますが、創作活動は続けられました。1903年には、川上音二郎に請われ、シェークスピアの『オセロ』を翻案した戯曲『正劇 室鷲郎』を執筆。川上が支払ったとされる破格の脚本料は大きな話題となりました。

その後、江見は考古学的な探検へと関心を移します。水谷幻花との交流に触発され、各地の貝塚や遺跡の発掘、出土品蒐集に没頭。こうした成果は、『地底探検記』『探検実記 地中の秘密』といった探検記や、空想冒険小説『考古小説 三千年前』として結実しました。また、太古遺跡研究会を組織し、自宅の庭に太古遺物陳列所を設けるなど、その熱意は尽きませんでした。

日原鍾乳洞探検や戸隠山・富士山での雪中登山といった冒険を行う傍ら、『少年世界』『探検世界』などの雑誌主筆を務め、自らの探検成果を積極的に発表しました。一方で、自伝随筆『自己中心明治文壇史』は、明治期文人たちの生活や交流を描き出しており、当時の文学史を知る上で貴重な資料となっています。

晩年は講演のため各地を旅し、その記録は『水蔭行脚全集』に詳しいです。1934年11月3日、滞在先の松山市の旅館で、急性肺炎のため死去しました。65歳でした。

日本の相撲が「国技」と呼ばれるようになったのは、江見水蔭が旧両国国技館の開会式の案内文に「角力は日本の國技なり」と記したことが、国技館名称や「国技」という言葉の普及につながったためとも言われています。小説家、編集者、探検家と、その生涯を通じて多方面で異彩を放った人物です。

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