法益

法益とは

法益（ほうえき）とは、法律によって保護される利益や価値のことを指します。これは、ドイツ語の「Rechtsgut」に相当する概念で、保護法益（ほごほうえき、Schutzgut）とも呼ばれます。法律が一定の行為を禁止するのは、その行為によって侵害される利益を保護するためであり、この保護されるべき利益が法益です。

法益の解釈

規制法令の法益を考えることは、法令の解釈において重要な指針となります。例えば、刑法224条の「未成年者略取・誘拐罪」を例に考えてみましょう。

この罪の法益を「未成年者の保護者の監護権」と解釈した場合、親権を持つ父親が、もう一方の親権者である母親の監護下にある子どもを連れ去っても、監護権を侵害したとは言えず、違法性がないと解釈する余地が生まれます（最高裁の判例では、この解釈を否定しています）。一方、法益を「未成年者の移動の自由」と解釈すると、移動の自由意思を持たない乳児の略取は、この法益を侵害しないと解釈される可能性が出てきます。このように、法益をどのように解釈するかによって、法律の適用範囲や解釈が大きく変わることがあります。

刑法における法益

刑法は、法益の保護を第一の目的としています。犯罪とは、法益を侵害する行為であるという考え方を「法益保護説（法益侵害説）」といいます。刑法によって保護される法益には、以下のようなものがあります。

個人的法益: 生命、身体、自由、名誉、財産など、個人の利益に関わる法益
社会的法益: 公共の安全、社会の秩序、環境など、社会全体の利益に関わる法益
国家的法益: 通貨制度、文書制度、国家の安全など、国家の利益に関わる法益

これらの法益を保護することで、社会秩序を維持しようとするのが刑法の役割です。

法益保護主義と罪刑法定主義

どのような行為が法益侵害となるかを明確にしなければ、人々の行動が不必要に制限されてしまいます。そのため、あらかじめ犯罪と刑罰を法律で明確に定める必要があり、これを罪刑法定主義といいます。罪刑法定主義は、法益保護主義（保護すべき法益が存在する限り刑法の適用を肯定する考え方）に制限を課す原理として機能します。

被害者の承諾

個人的法益においては、法益の主体が自分の法益侵害に同意している場合、原則として違法性はなくなり、犯罪は成立しません。これは、自己決定権の尊重に基づく考え方です。

緊急避難の要件

緊急避難とは、差し迫った危険を回避するために、やむを得ず他人の法益を侵害する行為です。緊急避難が成立するためには、いくつかの要件を満たす必要がありますが、その一つに「法益権衡保持の原則」があります。これは、保全しようとした利益が、侵害した法益と同等かそれ以上でなければならないという要件です。法益の大小を比較する際には、同種法益の場合はその侵害の程度、異種法益の場合は法定刑の軽重が基準となります。

まとめ

法益とは、法律が保護しようとする利益や価値であり、法律の解釈、刑法の適用、緊急避難の判断など、様々な場面で重要な役割を果たします。法益を理解することは、法律の目的や意義を理解する上で不可欠です。

参考資料

西田典之『刑法総論』（第2版）弘文堂、2010年
今井猛嘉、小林憲太郎、島田聡一郎、橋爪隆『刑法総論』（第2版）有斐閣、2012年
大谷實『刑法講義総論』（新版第5版）成文堂、2019年

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