法隆寺金堂壁画

法隆寺金堂壁画

法隆寺金堂壁画（ほうりゅうじこんどうへきが）は、奈良県斑鳩町にある法隆寺の金堂の壁面に描かれていた古代の仏教絵画群です。その制作時期は7世紀後半から8世紀初め頃と推定されており、作者については明確な記録がなく不明とされています。インドのアジャンター石窟群や中国の敦煌莫高窟の壁画と並び称される、アジアの古代仏教絵画を代表する至宝の一つでしたが、1949年（昭和24年）に発生した火災により、その大部分が残念ながら焼損してしまいました。この火災で焼け焦げたオリジナルの壁画は現在も法隆寺境内の収蔵庫に大切に保管されており、火災前に制作されていた模写なども貴重な資料として残されています。火災後の1967年（昭和42年）から壁画の再現事業が行われ、翌年には新たな再現壁画が完成し、現在の金堂に納められています。

壁画の構成

「法隆寺金堂の壁画」として一般的に知られているのは、金堂外陣（げじん）の大きな壁に描かれていた12面の仏教絵画ですが、これ以外にも、内陣（ないじん）の小壁には飛天の壁画20面、外陣の小壁には『山中羅漢図』18面が存在しました。しかし、1949年の金堂火災により、外陣の壁画12面は焼損し、外陣小壁の羅漢図18面は跡形もなく粉砕されてしまいました。幸いにも、内陣小壁の飛天の壁画20面は、火災が発生する前の1945年（昭和20年）に取り外され、別の場所に保管されていたため難を逃れ、現在もその姿を伝えています。

芸術的価値と保存の歴史

法隆寺金堂壁画の芸術的な重要性は、日本で近代的な文化財調査・保護が進み始めた明治時代初期には既に認識されていました。当時から壁画の劣化や剥落が始まっていたため、いかにしてこの貴重な文化財を後世に伝えるかが課題となり、明治時代から様々な保存対策が検討されてきました。1940年（昭和15年）からは、当時の著名な画家たちを動員して、壁画の模写制作が国家事業として始まりました。この模写事業は第二次世界大戦を挟んで戦後も続けられる予定でしたが、1949年（昭和24年）に発生した不審火による金堂の炎上という悲劇に見舞われ、壁画はその芸術的な輝きを永遠に失ってしまいました。この壁画焼損事件は、日本の文化財保護史において極めて重要な出来事として記憶され、その後の文化財保護法制定の直接的な契機となりました。また、壁画が焼損した1月26日は「文化財防火デー」と定められ、現在も全国各地の寺社などで消火訓練が行われています。現在、法隆寺金堂の壁に飾られている壁画は、1967年から1968年にかけて、当時の日本画家たちによって精巧に再現されたものです。

焼損壁画の現在

火災によって焼け焦げたオリジナルの壁画は、1951年から抜き取り作業が行われ、1952年に建設された法隆寺境内の収蔵庫に、焼損した柱などと共に保管されています。壁画の保存のため、収蔵庫は湿度の管理が厳密に行われており、通常は一般公開されていませんが、近年、公開に向けた環境調査やクラウドファンディングによる限定公開などが実施されています。焼損壁画は、アクリル樹脂などで保護されていますが、火災後も法隆寺に現存していることはあまり知られていません。1958年（昭和33年）には、焼損した外陣壁画12面と、焼け残った内陣小壁画20面が、それぞれ「金堂外陣旧壁画（土壁）12面」「金堂内陣旧壁画（土壁）20面」として国の重要文化財に指定されています。

壁画の配置と主題

金堂初層の外陣は、正面5間、側面4間（柱間の数を示す建築用語）、内陣は正面3間、側面2間の構造です。壁画が描かれていたのは外陣の土壁部分、計12面です。これらには時計回りに1号から12号までの番号が付されています。壁のサイズには、横幅が広い大壁（たいへき、約255-260cm）と、横幅が狭い小壁（しょうへき、約155cm）の2種類があり、東面1号、西面6号、北面9号と10号の計4面が大壁、残る8面が小壁です（壁の高さはいずれも約310cm）。

外陣の壁画12面のうち、4面の大壁には、三尊仏を中心とした浄土図が描かれていました。これらの主題については、1号壁が釈迦浄土図、6号壁が阿弥陀浄土図、9号壁が弥勒浄土図、10号壁が薬師浄土図とする説が現在では有力ですが、古くは『聖徳太子伝私記』に記された説や、金光明経に基づく四方四仏説など、様々な見解があり、長らく美術史上の論争の的となってきました。8面の小壁には、それぞれ一体ずつの菩薩像が描かれていました。これらの菩薩像には、観音菩薩、勢至菩薩、普賢菩薩など、像容から特定できるものと、正確な像名が未詳のものがあります。特に6号壁の阿弥陀浄土図は、火災前は法隆寺金堂壁画の中でも傑作と評価されていましたが、火災による損傷が最も激しかった壁の一つです。

内陣の小壁に描かれた飛天図20面は、全て飛翔する二体の天人が同じ図様で描かれており、火災を免れて現存しています。外陣小壁の山中羅漢図18面は火災で失われましたが、古写真や明治時代の模写によってそのおおよその図様が知られています。近年、コンピューターグラフィックスを用いた復元研究も進められています。

技法と様式

オリジナルの金堂壁画は、土壁に白土の下地を施し、その上に様々な顔料で彩色がされていました。赤系（朱、弁柄、鉛丹）、黄色系（黄土）、青系（緑青、群青）などの顔料が確認されており、紫色の顔料も使われた可能性が指摘されています（現在は茶色に変色）。制作にあたっては、まず原寸大の下絵を壁面に転写するために、下絵の裏に色粉をつけて壁に写す念紙法や、下絵の上から線をなぞって壁に凹線をつける押圧線引法などが用いられたと考えられています。彩色後、弁柄で力強い輪郭線（鉄線描）が描き起こされています。色彩表現には、立体感を出すための隈取りや、衣などに色の濃淡を帯状に並べる繧繝彩色（うんげんさいしき）といった技法が使われました。その様式は、しばしばインドのアジャンター壁画との類似が指摘されますが、技法の特徴などから、より直接的には中国の敦煌莫高窟など、初唐時代の絵画様式の影響が強く見られるとされています。作者は不明ですが、壁によって作風の違いが認められることから、複数人の画家による共同制作であったと考えられています。

まとめ

法隆寺金堂壁画は、日本の古代仏教美術の最高峰の一つであり、その悲劇的な焼損は文化財保護の意識を大きく変える契機となりました。現在、金堂には再現壁画がその空間を荘厳し、焼損したオリジナルは非公開の収蔵庫で未来への継承が図られています。これらの壁画は、日本の美術史だけでなく、アジアの文化交流史を物語る貴重な遺産として、今もなお私たちに多くの示唆を与えています。

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